大阪市内には梅田や難波といった主要エリアを結ぶ幹線道路が複数ありますが、その中でも御堂筋の交通設計に着目すると、南行き一方通行という特徴が際立っています。特に、「梅田方面には複数のルートがあるのに、難波方面には御堂筋しかないのでは?」と疑問に感じた方もいるでしょう。今回は、大阪の道路設計の背景とその理由について掘り下げてみます。
御堂筋の一方通行化の経緯
御堂筋は大阪市の中心部を南北に貫く象徴的な道路で、1937年に完成しました。1970年代には交通渋滞の緩和と交通効率の向上を目的に、御堂筋は南行き(難波方面)一方通行とされました。これにより、御堂筋をスムーズに流れるよう交通設計が変更されたのです。
当初は双方向通行であったものの、大阪の高度経済成長期に伴い、自動車の利用が増えたことで抜本的な改善が求められました。現在もこの一方通行化は維持され、渋滞対策の一環として機能しています。
梅田方面への複数ルートの理由
梅田方面へ向かう道路としては、四つ橋筋や堺筋、新御堂筋(国道423号)など、複数の南北軸が整備されています。これらは御堂筋と並行しており、梅田方面への交通量分散を意識して構築されたインフラです。
これに対して、難波方面には御堂筋の一方通行が主であるため、一見するとアンバランスに見えるかもしれませんが、実際には天王寺筋や谷町筋、千日前通といった代替ルートも存在し、都市交通として機能しています。
なぜ難波方面に北行き幹線が少ないのか?
難波方面は御堂筋を中心に都市計画がなされてきました。梅田エリアは再開発が進み、複数の商業施設やオフィスビル群が立ち並ぶため、通勤・通学の交通需要が高く、各方面からのアクセス路が必要とされました。
一方、難波は主に観光・買い物客の利用が中心であり、通勤需要という観点では梅田よりも緩やかです。この違いが、交通設計における道路配置の差に現れていると考えられます。
御堂筋の再開発と交通方針の今後
御堂筋では現在、歩行者空間の拡充や自転車レーンの整備が進められています。都市の持続可能性を重視し、自動車優先から人中心の都市空間への転換が図られています。将来的には南行き一方通行の見直しや公共交通との連携が進む可能性もあります。
また、大阪市ではMaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)導入を進め、交通手段の多様化と共に、より柔軟な都市設計が求められています。
代替ルートや地元住民の工夫
難波方面に向かうには、御堂筋以外にも市道や国道、裏道などを活用してアクセスすることができます。地元住民やタクシードライバーは、時間帯や混雑状況に応じてルートを柔軟に選んでいます。
例えば、四つ橋筋を南下して難波の西側からアクセスする、あるいは千日前通を東西に利用し谷町筋から接近するなどの工夫がなされています。
まとめ
御堂筋が南行き一方通行であることは一見すると難波方面への道路が不足しているように感じられますが、都市交通のバランスや目的別の交通需要を考慮すると、合理的な背景があるといえます。今後の再開発や都市設計の進展によって、新たな交通ルートや方針の見直しも期待されるでしょう。


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