なぜ横浜市“西区”は市の東側にあるのか?意外と知られていない地名の由来と歴史的背景

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横浜市西区と聞くと、多くの人が「西にあるのでは?」とイメージしがちです。しかし実際には、横浜市の地図を広げてみると、西区は横浜の中心部からやや東寄りに位置しています。この一見矛盾したような名称には、実は歴史的な背景があるのです。

“西区”という地名が誕生した経緯

横浜市西区は、1944年に旧中区の一部から分区する形で誕生しました。この際、「西区」という名称が付けられたのは、当時の中区の中で“西側”に位置していたためです。

つまり、横浜市全体ではなく、旧・中区の中での相対的な位置から「西区」という名が付けられたというわけです。

戦時中の行政区再編が影響

昭和の初期から中期にかけて、横浜市では戦時体制や人口増加などを受け、行政区の再編が進められていました。1943年、横浜市は当時の中区を分割し、新たに西区を設置。これは行政の効率化と都市整備の一環でした。

当時の中区は現在よりも広く、現在の西区地域は“旧中区の西端”にあたっていたのです。

現在の地理感覚とのズレが誤解の原因

戦後の都市開発や人口移動により、横浜市の都市構造も大きく変化しました。西区が設置された当時とは、横浜市全体の中心の捉え方も異なってきています。

現在ではみなとみらいや横浜駅周辺が西区に属し、市内でも“中心地”のイメージが強いですが、地理的にはむしろ市の東部に位置しています。このことが「西区なのに東にある」といった違和感を生むのです。

地名は歴史の証人:他の事例と比較してみる

似たような例は全国各地にあります。たとえば東京都の「世田谷区北沢」も南部に位置していたり、京都の「上京区」が市の南に位置するなど、地名と現在の位置関係が一致しないケースは少なくありません。

これらもすべて、地名が付けられた当時の状況を反映しており、その後の都市発展でズレが生じた典型的な例といえます。

まとめ:地名の由来は歴史と密接に結びついている

横浜市西区が“東側”にある理由は、旧中区時代の地理的な位置関係に由来しており、戦時中の行政再編が背景にあります。現代の地図で見ると一見不思議に思えるかもしれませんが、地名にはその土地の歴史や当時の状況が色濃く反映されています。

日常的に見聞きする地名にも、実は奥深い物語が隠されていることを感じられる一例といえるでしょう。

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