神奈川県の名物として知られる「鎌倉ハム」。実はその発祥は鎌倉市ではなく、現在の横浜市戸塚区にあたる旧・鎌倉郡柏尾村です。ではなぜ「鎌倉ハム」が鎌倉の名産として扱われるようになったのでしょうか?この記事ではその背景や歴史的経緯を詳しく紹介します。
「鎌倉ハム」のルーツは柏尾村
鎌倉ハムの原点は、明治33年(1900年)にイギリス人技師ウィリアム・カーティスによって柏尾村(現在の横浜市戸塚区)で始められた製法にあります。当時の柏尾村は鎌倉郡に属しており、そこから「鎌倉ハム」の名称が使われるようになりました。
このように、「鎌倉ハム」という名前は地名「鎌倉郡」に由来するものであり、現在の鎌倉市とは行政上の境界が異なっていたことが分かります。
なぜ現在でも「鎌倉市の名産」とされるのか?
明治時代の人々にとって、「鎌倉」という地名は文化・歴史の象徴であり、ブランド価値のある土地でした。そのため、「鎌倉ハム」という名称は商品価値を高める意味でも使われ続けてきたのです。
また、戦後になると鎌倉市内にも鎌倉ハムの販売所や関連工場が設けられ、観光地での土産品としても流通しました。現在では市内の多くの土産店で扱われ、「観光地・鎌倉で買える名産品」として認知されるようになった経緯があります。
実際の製造拠点はどこにあるのか?
現在、鎌倉ハムのブランドは複数存在します。たとえば「鎌倉ハム富岡商会」や「鎌倉ハムクラウン商会」など、同名異系統の会社が存在していますが、いずれも横浜市や近郊地域に製造拠点を持ちつつ、販売所を鎌倉市内に構えています。
観光客が鎌倉駅や小町通り周辺で見かける鎌倉ハムは、製造は鎌倉市外でも、販売およびブランディングは鎌倉市内で行われているケースが多いのです。
「鎌倉ハム」はブランドとして独立している
今日、「鎌倉ハム」は1つの地域ブランドとして独立した地位を築いています。そのため、単に製造地で名産とされるのではなく、鎌倉という土地の文化性や観光資源と一体化して名物化していることが、鎌倉市の名産品と呼ばれる所以です。
たとえば、他県でも「博多ラーメン」や「横浜中華街」のように、地名がそのままブランド化しているケースは多くあります。
まとめ:地名と歴史が織りなす地域ブランドの魅力
「鎌倉ハム」がなぜ鎌倉市の名産品として定着したのか。それは旧・鎌倉郡発祥という歴史的ルーツに加え、観光地としての鎌倉市内での流通・販売、そして何より「鎌倉」という名が持つブランド力によって成り立っています。
つまり、地理的な製造地だけではなく、文化・流通・イメージ戦略など総合的な背景によって名産品化された、地域ブランドの好例といえるでしょう。


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