1972年、日中国交正常化の象徴として中国から日本にジャイアントパンダ「カンカン」と「ランラン」が贈られ、多くの人々に愛されました。この“パンダ外交”の一環として、日本からは「ニホンカモシカ」が贈られたことをご存知でしょうか?今回は、その背景と経緯、そしてカモシカのその後についてご紹介します。
日中国交正常化と動物外交の始まり
1972年9月、当時の田中角栄首相が中国を訪問し、日中共同声明が発表されました。その友好の証として中国からパンダが贈られ、日本中がパンダフィーバーに湧きました。
このとき、日本からは希少な動物である「ニホンカモシカ」を返礼として中国へ贈っています。ニホンカモシカは日本の天然記念物であり、海外への移動自体が非常に稀なケースでした。
ニホンカモシカは「返還」されたのか?
多くの方が気になるのは、「そのニホンカモシカは返ってきたのか?」という点でしょう。結論から言えば、ニホンカモシカは“片道切符”で中国に渡り、日本に戻ってくることはありませんでした。
ニホンカモシカは当初、北京市の動物園で飼育された後、中国の他の地域の動物園でも展示され、日本と中国の友好関係を示す象徴的存在となっていたとされています。
なぜニホンカモシカだったのか?
当時、日本で「国の天然記念物」でありながらも飼育されている動物の中で、中国側に贈るにふさわしいとされたのがニホンカモシカでした。
実はこの選定にはさまざまな議論もありましたが、動物学的にも珍しく、また外見的にも中国の動物園に馴染む存在として選ばれたと記録されています。
動物外交の今とこれから
動物を通じた外交は、今でも続いています。アドベンチャーワールドのパンダ返還もその一例です。中国のパンダは現在「繁殖・研究のための貸与契約」という形をとっており、返還は義務付けられています。
日本から中国へ渡ったニホンカモシカのように、当時の動物交換には法的な取り決めや返還義務はなかったため、そのまま中国で生涯を終えることになったのです。
まとめ:動物たちが繋いだ日中の絆
パンダやニホンカモシカといった動物たちは、単なる贈答品ではなく、国と国を繋ぐ“生きた外交官”でもあります。ニホンカモシカは返還されることはありませんでしたが、今もその存在は両国の友好の記憶として語り継がれています。
動物たちの役割を改めて見つめ直すことで、外交の奥深さと温かさを感じることができるのではないでしょうか。


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