なぜ中国地方や四国地方には「国」がつく地名が多いのか?歴史から紐解くその理由

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日本の地名を見ていると、「出雲国」「讃岐国」「伊予国」など、特に中国地方や四国地方に「国」がつく地名が多いことに気づきます。なぜこの地方に「国」という言葉が残っているのか——その背景には、律令制から続く古代の行政区分と文化的な名残があります。

「国」の地名は律令制度に由来する

古代日本において、国家運営の制度として導入されたのが「律令制度」です。この制度では、全国を「国」「郡」「里(のちに村)」という三段階で区分して統治していました。

たとえば「出雲国」「阿波国」といった名称は、こうした律令制の国名であり、現在の都道府県名が整備される以前の“地方名”でした。これらの「国」は、地方行政の単位として律令政府に認識されていた区分です。

なぜ中国地方と四国地方に多く残っているのか?

もちろん、「国」のつく地名は東北・近畿・九州にも存在しましたが、特に中国・四国地方は地理的に独立した地形が多く、律令時代からの国名単位がそのまま地名や文化として残りやすい地域でもありました。

また、幕藩体制下でも藩や領地名と「旧国名」が対応しやすかったこともあり、地域のアイデンティティとして今なお多く使われています。

四国の「四国」も元は4つの「国」の集合体

「四国」という名称も、讃岐国(香川県)・阿波国(徳島県)・伊予国(愛媛県)・土佐国(高知県)の4つの国をまとめて呼ぶ呼称として定着したものです。

この4つの国が、それぞれ独立した文化や産品を持っていたため、「四国」という言葉が明確な地域アイデンティティとして残る要因となりました。

現代でも使われる「旧国名」の例

・「出雲大社」や「備前焼」など、旧国名がブランドや観光資源として残っています。
・地名や鉄道名にも「備後」「伊予」「土佐」などが残っており、地域ブランドとしての価値も高まっています。

また、郵便番号や不動産登記などの一部行政手続きでも旧国名を用いる場面があるほどです。

「国」のつく地名が文化や伝統の保存に貢献している

旧国名の残存は単なる地理的な名残にとどまらず、祭り・芸能・地場産業の名称として活用され、地域の文化を支える役割を果たしています。

たとえば、「土佐の皿鉢(さわち)料理」や「阿波踊り」など、国名が文化的アイデンティティの核として生き続けています。

まとめ

・中国地方・四国地方に「国」のつく地名が多いのは、律令制に基づく行政区分の名残である。
・特にこの地域では国境が地理的に分かれやすく、旧国名が残りやすかった。
・「四国」は4つの国をまとめた言葉であり、今も文化的に根付いている。
・旧国名は観光・伝統・商業のブランドとして活用され、地域文化を支えている。

今後も、こうした「国」の地名は、地域の誇りとして残り続けていくでしょう。

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