現在ではファッションの聖地として知られる渋谷の象徴的な存在「SHIBUYA109」ですが、そのオープンは1979年(昭和54年)のことです。それ以前、つまり昭和50年代前半の渋谷はどのような商業施設が街の顔だったのでしょうか?この記事では109登場前の渋谷の姿に焦点を当て、当時人々が訪れた商業スポットを振り返ります。
SHIBUYA109登場以前の渋谷の繁華街
昭和50年代前半(1975年前後)には、現在のようなファッションビル群はまだ形成されておらず、渋谷の商業の中心は老舗百貨店や専門店街が担っていました。中でも東急百貨店や西武百貨店は当時から既に多くの買い物客を集めていました。
また、現在の公園通り沿いにあたるエリアは「文化・若者の街」として変貌しつつありましたが、その先駆けとも言える商業施設の一つが「渋谷東急文化会館」です。ここは映画館やプラネタリウムなども併設され、ショッピング以外にも多目的な娯楽が楽しめる施設でした。
当時人気を集めた商業施設一覧
- 東急百貨店本店(1934年開業) – 若者向けというよりも、地域の高級百貨店として親しまれていました。
- 渋谷東急文化会館(1956年開業) – 地下には「五島プラネタリウム」があり、子ども連れの家族やカップルに人気。
- 西武百貨店(パルコに続く若者文化の発信) – ロフトや無印良品のルーツにも関わる存在。
- ハチ公前の地下街(しぶちか) – 雨の日でも買い物が楽しめるスポットとして重宝されました。
渋谷東急文化会館の役割とインパクト
東急文化会館はただの商業施設ではなく、映画館「渋谷パンテオン」、五島プラネタリウム、「東急テアトル」、さらには飲食や生活雑貨まで揃う複合施設でした。特に五島プラネタリウムは、日本初の常設型で、子どもから大人まで幅広い層に親しまれた場所です。
この文化会館こそが、昭和の渋谷を象徴する商業施設だったと言っても過言ではないでしょう。
当時の渋谷の街並みとファッション傾向
昭和50年代前半の渋谷は、今ほど若者向けファッションに特化していませんでした。ファッションといえば銀座や新宿の方が主流で、渋谷はまだ「副都心的」な雰囲気を残していたのです。
しかし、駅前広場を中心に再開発が進み、徐々に若者の文化が育ち始めていたことも事実。SHIBUYA109が誕生した背景には、こうした時代の変化がありました。
まとめ:109登場以前の渋谷の主役たち
昭和50年代前半の渋谷を代表する商業施設は、東急百貨店本店、渋谷東急文化会館、そして西武百貨店などが中心でした。とりわけ東急文化会館は、ショッピングと文化的な娯楽を融合させた斬新な施設として、多くの人々に愛されてきました。
SHIBUYA109以前の渋谷を知ることは、都市の進化やファッション文化の変遷を理解する上でも貴重な一歩です。当時を懐かしみながら、現在の渋谷との違いを楽しんでみてはいかがでしょうか。


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