30年ほど前、愛媛県佐田岬半島へのドライブの途中、保内町で立ち寄った食堂でのユニークな体験が忘れられない方も多いのではないでしょうか。当時の記憶に残るのは「5人以上で来たら全員同じメニューを注文する」――そんな独特なルールを持つ大衆食堂の存在です。この記事では、当時の記憶をたどりながら、地域の食文化とその背景に迫ります。
昭和後期~平成初期の保内町とその食堂文化
愛媛県八幡浜市に合併される前の「保内町」は、佐田岬へと続く道中の要所でもあり、漁業や柑橘栽培が盛んな地域でした。観光や仕事で通過するドライバー向けに、地元には定食屋やドライブイン風の大型食堂が点在していました。
その中でも、一部の店は団体客への対応効率化のため「メニューの統一注文」を行っていたことで知られています。この方式は厨房の負担軽減と提供時間の短縮を目的としており、当時としては珍しくなかったという地域住民の声もあります。
なぜ「同一メニュー」に統一する必要があったのか
まず挙げられるのが調理体制と人員の問題です。昔の地方食堂は数名のベテラン調理人と少人数のホールスタッフで運営されており、急な団体来客では対応が難しい場面も多かったのです。
また、使用する材料を効率的に回転させるためにも、グループでメニューを統一してもらうことは廃棄ロス削減にも繋がる合理的な手段だったと言えます。
「あの店はどこだったのか?」可能性のある名店たち
地元出身者や長年地域を取材している記者の話によると、当時の保内町で「大型食堂」として知られていた店舗はいくつか存在します。中でも、八幡浜港近くの国道197号沿いにあった店舗が有力とされています。
「ドライブイン保内」や「レストラン朝日」など、当時地元民が集う場所として知られていた名前が挙がることが多く、一部では現在も地元の懐かしい記憶として語られています。ただし現在は閉店や改装などで姿を変えている店舗も多く、断定は困難です。
集団注文ルールは珍しい?他地域との比較
このような「団体同一注文」の方式は、愛媛だけでなく昭和後期の観光地に多く見られました。たとえば、長野県の観光バス向け食堂や、九州の温泉街周辺の食堂でも同様の運用がされていた記録があります。
これは、まだ外食産業が多様化する前の「家庭の延長としての食堂」の文化が色濃く残っていた時代の名残とも言えます。
今でも残る?地域に根差した“同時提供文化”
現在は個別注文が主流ですが、団体向けの食事処や古くからの仕出し専門店では今も「注文の一括化」を推奨するケースがあります。特にローカルな地域では、「おもてなし」の一環として揃った食事を同時に提供することが「礼儀」とされる文化も残っているのです。
そのため、過去の体験を否定的に捉えるのではなく、当時の地域事情やお店側の配慮といった文脈で振り返ることで、より深く食文化を理解できるきっかけになるでしょう。
まとめ:記憶の味と食の背景にあるストーリー
30年前の保内町で体験した“同一メニュー注文”という食文化は、効率だけでなく、地域社会やお店の工夫が詰まった一つの表現でした。思い出の味をもう一度味わいたいと感じたら、地域の古い食堂の記憶を辿ってみるのも良いかもしれません。
地元の人やSNSのグループなどで当時の情報を募集すれば、思いがけずその店の名前や跡地が判明するかもしれません。


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