広電バス佐伯線(13系統)の歴史的ルート変遷|七尾陸橋開通前後の経路と終点の変化をたどる

バス、タクシー

現在の広電バス佐伯線13系統は、宮内串戸駅や廿日市市役所などを経由して廿日市市役所前駅まで運行されていますが、これらの施設や駅が存在しなかった時代には、まったく異なるルートで運行されていました。本記事では、七尾陸橋が完成する以前から現在に至るまでのルートの変遷を、実際の地形や施設整備の歴史と照らし合わせながら詳しく解説します。

旧ルートの終点は国鉄廿日市駅が中心

現在の廿日市市役所前駅が開業する以前、佐伯線の主な終点は「国鉄廿日市駅」(現在のJR廿日市駅)でした。宮内串戸駅や廿日市市役所(旧本庁舎)がまだ存在していない時代、バスは現在のルートとは大きく異なり、より単純な国道2号線沿いの経路を辿っていたと考えられます。

特に昭和40〜50年代は、国鉄廿日市駅を中心に人の流れが形成されていたため、終点としての利便性も高く、地域の玄関口としての役割を担っていました。

七尾陸橋完成前はバスの通行が困難だった

現在の七尾陸橋は、国道2号と旧山陽道を結ぶ立体交差として重要な役割を果たしていますが、陸橋が開通する以前は交差点が平面交差であり、交通量の多い区間を大型バスが通行するには大きな制約がありました。

当時は、七尾中学校南側を回る旧道(七尾本町・本町商店街方面)を利用し、陸橋の代わりに住宅街を抜ける形で廿日市市街地へアクセスしていた可能性が高いです。実際、現在の国道2号バイパスや陸橋は昭和後期に整備されており、それ以前は狭隘な市街地道路を使わざるを得ませんでした。

七尾陸橋開通後のルート変化とメリット

七尾陸橋が完成したのは1980年代中盤以降と推定されており、この立体交差により、佐伯線のルートは大きく合理化されました。それまで住宅街を迂回していたバスは、陸橋を利用して右折しやすくなり、短距離かつスムーズな流れで国道2号に合流可能となったのです。

このルート変更により、定時運行性が向上し、また宮内・串戸・廿日市市役所方面へ向かう路線の再編が加速されました。都市計画と道路整備が公共交通に与える影響の好例といえるでしょう。

現ルートへの再編と市役所・JR駅との連携

2000年代以降、廿日市市の市街地整備やJR駅の整備、LRT(広電宮島線)との接続強化が進み、佐伯線もそれに合わせてルートを再編しました。宮内串戸駅や廿日市市役所(新庁舎)、廿日市市役所前駅(広電)といった施設を結ぶ形に進化し、地域公共交通としての利便性を高めています。

従来の「駅と市街地の結節点」という役割から、「複数の交通拠点を面でつなぐ」方向への移行が見られるのが特徴です。

まとめ:交通インフラの進化とともに変わった佐伯線の歴史

広電バス佐伯線は、七尾陸橋の完成や周辺施設の整備とともに、ルートを時代に合わせて柔軟に変化させてきました。かつては国鉄廿日市駅が終点であり、市街地の狭い道路を通っていたバス路線も、インフラ整備の進展により、今ではスムーズで接続性の高い路線として機能しています。

都市開発とともに変遷するバス路線の歴史は、地域の成長や人の流れの変化を如実に物語っています。

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