かつて伊豆大島の三原山は、若い命が火口に身を投じる“自殺の名所”として知られていました。しかし現在ではその噂はほとんど聞かれなくなっています。今回はその歴史的背景と “骨が残らない” といったイメージの真偽、そしてなぜ今ではなくなったのかを、歴史資料や学術研究をもとに紐解きます。
三原山が自殺の名所になった背景
1933年(昭和8年)、二人の女子学生が三原山の火口に投身し、その報道がセンセーショナルに広まりました。それを契機に「三原山病」と呼ばれる自殺ブームが発生し、この年だけでおよそ944人が自ら命を絶ったと記録されています :contentReference[oaicite:0]{index=0}。
当時は“若く美しいうちに死にたい”という一部の若者の間に共感が広がり、自殺の手段として選ばれたのです :contentReference[oaicite:1]{index=1}。
火口飛び込みで“骨も残らない”は本当か?
噂にある「骨も残らないほど消失する」ような描写は、ドラマチックなイメージですが、科学的には根拠が薄いです。火口の温度は高くても数百度程度で、遺体の完全な灰化には至りません。ただし、落下の衝撃や腐食・野生動物による影響で原形を留めないケースが多く、“跡形もなくなる”という印象につながりました。
そのため“骨が残らない”という言い伝えは、過剰な感想やセンセーショナルな表現からくる誤解である可能性が高いでしょう。
なぜ今では自殺名所ではなくなったのか?
報道規制や自殺防止対策の強化によって、自殺を煽るような記事や描写が減少しました:contentReference[oaicite:2]{index=2}。さらに戦時中の儀礼的な“戦死”への志向により、三原山への投身自殺は急激に減少しています :contentReference[oaicite:3]{index=3}。
また現在では、巡回や看板設置などの自殺防止対策も整い、観光地として三原山が再評価されていることも背景の一つです。
火口飛び込みの現実と防止策
実際に火口に落ちると、火山ガス中毒・高温や落下衝撃によりほとんど即死に近い状態になります。そのため、生存率は極めて低く、助かる可能性はほぼありません。
現在は火口への立ち入り制限、安全柵や監視体制が整備されており、アクセスしにくい環境になっています。自殺防止に対する社会的関心が深まり、取り巻く環境が変わったことで、今では“名所”と呼べるようなイメージは払拭されつつあります。
現代に伝えたい視点
過去の三原山の事件は、メディアの過剰報道と若者の心理状態が複雑に絡んだ社会問題でした。現在でも自殺は深刻な社会課題であり、「報道は慎重に」「自殺名所を避ける」という視点や自殺予防の取り組みが大切です。
まとめ
三原山がかつて自殺名所と言われた背景には、報道の影響と若者心理がありました。「骨が残らない」という表現はセンセーショナルな誤解の可能性が高く、科学的には正確ではありません。
現在では報道の規制や防止対策が強化され、三原山は“自殺の名所”ではなく観光地として知られるようになりました。私たちが歴史から学ぶべきは、報道の影響力と“助けを求める人への手”です。


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