昭和の名作漫画『包丁人味平』には、主人公がトラックの荷台で寝ていたところ、青函連絡船で北海道へ渡っていたという印象的なシーンがあります。現代のフェリー制度では考えにくい描写ですが、当時の青函連絡船では実際に可能だったのでしょうか?この記事では、旧青函連絡船時代の実態と現代フェリーとの制度の違いについて詳しく解説します。
青函連絡船の車両輸送と乗客取り扱いの実態
青函連絡船は1908年から1988年まで、青森と函館を結んでいた国鉄(日本国有鉄道)の鉄道連絡船です。車両甲板には鉄道車両がそのまま積載されており、トラック輸送も末期には一部実施されていました。
しかし基本的には貨物車両には立ち入りできず、乗客やドライバーは船内の旅客区画へ誘導されていました。例外的に、出港直前まで車内に残っていた人がいたり、規則が緩やかだった時代には一時的に留まることが黙認されたケースも考えられます。
「包丁人味平」の描写は創作か、それとも事実に基づく?
『包丁人味平』は1970年代の漫画で、当時の時代背景や現実の緩さを反映した描写が多く見られます。味平がトラック内で寝たまま船に乗ってしまうという展開も、実際の運用では考えにくいものの、ゼロではなかった「抜け道的現実」をモチーフにしている可能性があります。
当時の貨物車両には施錠義務もなく、簡単に乗り込める状況もありました。乗船手続きを経ずに人が乗ってしまう「密航的」な描写も、当時の創作では一定のリアリティをもって描かれていました。
現代のフェリーでは車両甲板立ち入りは原則禁止
現在のフェリーでは、車両甲板への立ち入りは航行中は原則禁止されています。これは安全確保と緊急時避難の観点から、国土交通省の規定や各社のマニュアルに基づいて運用されているためです。
特に車両火災やドアロック問題、貨物移動のリスクを避ける目的があり、乗用車ドライバーでも必ず客室に移動するよう求められます。仮にFCL貨物の運転手が乗っていたとしても、車両から離れて待機する必要があります。
もし現代に同様のことが起こればどうなる?
現在のフェリーでは、搭乗時に厳格なチェックが行われており、無断で車両内に留まったり、乗船者登録されていない人物が発見された場合、不法侵入として処理される可能性があります。
仮眠や物見遊山のためにトラックや車内に残ることは絶対に認められていません。万が一、緊急事態に遭遇した際には避難の遅れが重大事故を招く可能性があるため、法令順守と安全意識が徹底されています。
まとめ
かつての青函連絡船では、現在ほど厳密なセキュリティ体制が整っていなかったため、トラック内で仮眠するようなシーンが黙認されていた可能性もあります。とはいえ、漫画作品に描かれた内容はあくまでフィクションを含むものであり、現代のフェリーでは安全上の理由から、車両甲板に留まることは厳格に禁止されています。
交通機関の安全基準は時代とともに進化しています。昭和の自由な空気感を懐かしみながらも、現代のルールをしっかり守ることが大切です。


コメント