戦後間もない三鷹市に存在した“ルーズベルト・レクリエーション・センター”について、当時の写真や資料から実態をひも解きます。戦時・戦後期の米軍レクリエーション施設の歴史的背景をふまえ、漫画に登場するような慰安所とは異なる性格だったことを明確に解説します。
ルーズベルト・レクリエーション・センターとは?
この施設は1946〜49年頃に三鷹市・井の頭公園西部に設置され、米軍将兵向けの余暇施設として運用されました。昭和館のアーカイブ写真には“Roosevelt Recreation Center is located West of Tokyo…”と明記され、当時の公式性がうかがえます:contentReference[oaicite:0]{index=0}。
「レクリエーションセンター」という名称からも分かるように、慰安所ではなく、軍の福利厚生の一環として設けられた健康的な施設でした。
戦後日本における米軍レクリエーション施設の背景
第二次世界大戦後、連合国軍占領期に米軍は進駐軍用に多くのレクリエーション施設を建設しました。その目的は兵士のストレス軽減と軍規律の維持です:contentReference[oaicite:1]{index=1}。
日本国内でも、東京周辺に余暇活動を提供する場が設けられており、これが三鷹市の例と合致します。施設は宿泊・スポーツ館・集会室などを備えた複合的なものでした。
「慰安所」との違いを歴史的に見る
巷で語られる慰安所、いわゆるRAA(特殊慰安施設)は1945年に設置されましたが、その多くは戦後間もなく閉鎖されました:contentReference[oaicite:2]{index=2}。
一方、三鷹のレクリエーションセンターはRAAとは異なり、軍公式施設として運営され、性を提供する場では決してありませんでした。
漫画『味平』に描かれた車両甲板のシーンとの整合性
質問では漫画内の「車両で寝込んで目覚めたら航行中だった」描写が話題ですが、当時の青函連絡船では乗客が車両甲板にとどまることはあったものの、米軍レクリエーションとは無関係です。
三鷹の施設とは別の問題であり、時代背景も異なるため“混同による勘違い”と考えられます。
まとめ:三鷹の施設は元慰安所ではありません
重要なポイントは以下の通りです。
- ルーズベルト・レクリエーション・センターは米軍による公式な余暇施設。
- RAAのような慰安所ではなく、戦後平和期のレクリエーション施設。
- 漫画『味平』の描写とは直接の関係がない。
以上から、三鷹の施設は慰安所ではなく、むしろレクリエーションセンターとして歴史的に位置づけられるものとして理解するべきでしょう。


コメント