1980年代の福岡市「那珂コート」とは?かつて存在した幻のテニスコートをたどる

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1980年代、福岡市で中体連(現在の中学校体育連盟)ソフトテニス大会の会場として使われていた「那珂コート」という名称をご存知でしょうか。現在ではその名を聞くこともなくなりましたが、当時を知る人々の記憶の中では確かに存在していました。今回は、その「那珂コート」の所在地や背景について、資料や航空写真をもとに考察します。

那珂コートはどこにあったのか?

「那珂コート」という名称から、福岡市博多区那珂周辺にあったことは間違いないと考えられます。特に注目されているのが、御笠川浄水センター(旧・那珂下水処理場)周辺です。1981年の国土地理院航空写真を確認すると、御笠川沿いに8面ほどのテニスコートらしき整備された施設が確認できます。

この場所は現在、下水処理場の拡張とともに整地され、当時の面影は残っていませんが、かつては地域のスポーツ大会や学校行事に利用されていた市有地の一部だったと推測されます。

福岡市のテニスコート事情(1980年前後)

1970年代後半から1980年代前半にかけて、福岡市内にはいくつかの公共テニスコートが存在していました。東公園、大濠公園、南公園、百年橋公園などが代表的ですが、那珂地域のように郊外の空き地や施設跡地を一時的に整備した簡易的なコートも多数存在していました。

当時の中体連大会は、必ずしも常設施設だけで行われていたわけではなく、学校単位の貸し切りや市有地の臨時整備コートも利用されていた記録があります。那珂コートもその一つだったと考えられます。

当時の関係者が語る那珂コートの記憶

当時の中学生や関係者による証言では、「御笠川の土手沿いにあり、仮設のプレハブが控室代わりだった」「トイレも仮設で、整備はされていたが簡素なつくりだった」との話もあります。大会の朝には、市の職員や学校関係者がラインを引く作業を行っていたという証言もあります。

また、1980年当時に福岡市教育委員会やスポーツ振興課が発行していた施設利用案内にも、「那珂運動場(仮設コート)」といった記載が残っていた可能性があり、図書館のアーカイブや市役所の記録をたどる価値があります。

御笠川浄水センターの整備と那珂コートの消失

1980年代半ばから、福岡市では都市インフラ整備が進み、御笠川周辺もその対象となりました。那珂下水処理場(後の御笠川浄水センター)の機能拡張と敷地拡大により、周辺の仮設運動施設は順次閉鎖されたとされています。

そのため、那珂コートが1980年代後半には既に使われなくなり、記録からも徐々に姿を消していったと考えられます。現在の地図や施設案内には一切記載がなく、地元住民の間でも「昔あった気がする」という程度の記憶となっているのが実情です。

まとめ:那珂コートは一時的な公共スポーツ施設だった可能性が高い

「那珂コート」は、おそらく1980年前後に福岡市が地域行事や学校大会用に整備していた仮設のテニスコートであり、現在の御笠川浄水センター周辺に位置していた可能性が高いです。

資料としての痕跡は少ないものの、航空写真や当時の体験談をもとにすれば、その存在は確かに地域に根差していたことが分かります。今後もこのような歴史を掘り起こす作業は、地域文化やスポーツの記録を継承するうえで重要な意味を持つでしょう。

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