東京都心を大きく周回するように走る都営大江戸線は、多くの通勤・観光客にとって欠かせない存在です。実はこの路線、比較的新しい歴史を持つ地下鉄として知られています。本記事では、その開業時期から、背景、拡張の経緯、現代の役割までをわかりやすく解説します。
都営大江戸線はいつから走っている?
都営大江戸線の最初の区間が開業したのは1991年12月10日です。このとき開通したのは「光が丘~練馬」間の区間(当時の名称は都営12号線)で、のちの大江戸線全体の一部にあたります。
そして、現在の環状線を形成する全線が開通したのは2000年12月12日です。この日に「国立競技場~光が丘」などの残りの区間が開業し、正式に「都営大江戸線」と改称されました。
なぜ「12号線」と呼ばれていたのか?
都営地下鉄では、計画段階で路線に番号が振られます。大江戸線は計画時に「12号線」として構想されたため、最初の開業時はその名称が使われていました。後に他の路線との区別とイメージの統一のため、「大江戸線」に改名されたのです。
なお、「大江戸」という名前は、東京の歴史的呼称である「江戸」から由来しており、都心部をぐるりと回る路線として親しみやすい名称になっています。
特徴的な深さと急カーブの理由
都営大江戸線の特徴のひとつに「地下深さ」があります。中でも六本木駅や麻布十番駅は地上からの深さが約42~45mにも達します。
これは、既存の地下鉄や建物を避けるために、深い位置にトンネルを掘る必要があったからです。また、都心の限られた空間で路線を形成するため、急カーブが多く、ホームがコンパクトなのも特徴です。
環状+放射のハイブリッド構造
大江戸線のユニークな点は、環状線と放射線の両方の性格を持っているということです。六本木・汐留・両国などを回る環状部分と、新宿から光が丘へ延びる放射線的な区間で構成されています。
そのため、通勤だけでなく観光や乗り換えにも便利で、多くの路線との接続が確保されています。
都営大江戸線の現在の役割と将来展望
現在、大江戸線は1日平均約100万人の乗客数を記録しており、都営地下鉄の中でも利用者数が多い路線の一つです。
また、将来的には「大江戸線延伸計画(光が丘~大泉学園町)」も構想されており、東京都のベッドタウンとのアクセス強化が期待されています。
まとめ:大江戸線は令和にも進化を続ける地下鉄
・都営大江戸線は1991年に一部開業、2000年に全線開通。
・地下深く、急カーブが多いなど独特の特徴を持つ。
・今後も延伸や利便性の向上により、東京都民・観光客にとって欠かせない存在であり続けるでしょう。


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