2026年1月27日、上野動物園からシャオシャオとレイレイが出発します。これにより、50年以上にわたるパンダの歴史が一つの節目を迎え、寂しさを感じる人も多いことでしょう。今回は、初来日のエピソードを振り返りつつ、上野動物園とパンダの歴史について掘り下げてみたいと思います。
初来日:パンダの歴史が始まる
1972年、上野動物園に初めてパンダが来日した際、パトカー先導で時速30kmの慎重なペースで輸送されました。その時の光景は、まさに歴史的瞬間であり、当時の日本国民にとって、パンダの存在はまさに「日本の宝」でした。日本の総人口の4分の1にあたる3200万人が数年で上野を訪れ、その人気の高さを物語っています。
初来日当初、パンダは3時間並んだ人々にたった10秒間しか見せられなかったというエピソードもあります。観覧のために並んだ人々にとって、その短い時間は忘れられない体験だったことでしょう。
パンダを支える熱意と施設の整備
当時、上野動物園はパンダのために4000万円をかけて豪華なパンダ舎を建設しました。食事にもこだわり、栃木産の竹や富士リンゴを取り寄せ、パンダの健康を最優先に考えていました。パンダのためにこれだけの準備をしたことが、どれほどの熱意を持って行われたかが分かります。
また、黒柳徹子さんがテレビの仕事を抜け出してパンダを見に行ったという話や、あまりにも混雑しているため、パンダを休ませるために「休園日」が設けられたことも、当時の熱狂を物語るエピソードです。
シャオシャオ・レイレイの上野退園
2026年1月27日、シャオシャオとレイレイが上野動物園を出発することになり、上野のパンダがいなくなることに対して寂しさを感じる人も多いです。シャオシャオとレイレイは、上野で育ち、数多くの来園者に愛されてきました。
彼らが上野動物園を離れることは、新しい時代の始まりを意味し、今後のパンダの未来に大きな影響を与えることでしょう。しかし、彼らが日本に残した数々の思い出と歴史は、永遠に色褪せることはありません。
まとめ
初来日から50年以上、上野動物園でパンダが親しまれてきました。その歴史は、パンダの魅力だけでなく、日本人の心に深く刻まれています。シャオシャオとレイレイの退園を迎えるにあたり、パンダの存在がどれほど多くの人々に愛され、影響を与えてきたかを改めて感じることができます。上野動物園のパンダが示してきた幸せな瞬間を忘れず、今後のパンダとの新たな歴史が始まることを期待したいものです。


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