日本各地には長い歴史を持つ温泉郷がある一方、宿泊客の減少、旅館経営者の高齢化、後継者不足、建物の老朽化などによって厳しい状況を経験してきた温泉地もあります。特に、かつて団体旅行で栄えた大型温泉街では、旅行スタイルの変化に対応できず、旅館やホテルの廃業が相次いだ地域もあります。
ただし、「廃業寸前の温泉郷」という公的な認定制度や全国ランキングが存在するわけではありません。また、過去に深刻な衰退を経験した温泉地でも、現在は行政や民間事業者による再生事業が進み、むしろ新しい観光地へ生まれ変わりつつあるケースがあります。
そこでこの記事では、廃業旅館の増加や宿泊客減少などの課題が公表されてきた温泉地を中心に、現在の状況や温泉街再生の動きを整理します。「なくなる前に訪れたい温泉」を探す場合にも、単純に廃業寸前と判断するのではなく、それぞれの地域が置かれている状況を知っておくことが大切です。
そもそも「廃業寸前の温泉郷」は簡単には特定できない
最初に押さえておきたいのは、温泉郷そのものと、そこにある個々の旅館・ホテルは別だということです。1軒の旅館が廃業しても、源泉や共同浴場、別の宿泊施設が営業していれば温泉地そのものが消滅するわけではありません。
さらに旅館の閉館理由もさまざまです。利用客減少だけではなく、建物の老朽化、設備更新費の増加、後継者不足、災害、経営会社の事情などがあります。そのため、外から見て宿が少ないという理由だけで「もうすぐ温泉郷がなくなる」と判断することはできません。
一方、観光庁が2026年度に「廃屋撤去・再生による地方温泉地等のまちづくり支援事業」を実施していることからも分かるように、地方温泉地に残された大型廃旅館・廃ホテルは全国的な観光政策上の課題になっています。つまり、温泉地の衰退と再生は現在進行形の問題です。
廃業旅館や衰退問題が表面化した代表的な温泉地
ここからは、過去または現在に旅館の廃業、廃ホテル、宿泊客減少などの課題が表面化し、再生事業の対象になってきた代表的な温泉地を紹介します。現在営業している宿泊施設が多数ある地域も含まれるため、「現在廃業寸前」という意味ではありません。
| 温泉地 | 都道府県 | 知られている課題・状況 |
|---|---|---|
| 水上温泉 | 群馬県 | 大型廃業旅館が温泉街に残り、廃墟再生事業が進行 |
| 鬼怒川温泉 | 栃木県 | 渓谷沿いに廃ホテルが残ったことが社会的課題に |
| 浅虫温泉 | 青森県 | 最盛期から旅館数が大きく減少し、地域再生を推進 |
| 飯坂温泉 | 福島県 | 多数の廃業旅館が発生した時期を経て再生を推進 |
| 土湯温泉 | 福島県 | 震災後に複数の宿が廃業し、地域ぐるみで復興 |
| 伊香保温泉 | 群馬県 | 廃屋撤去などを含む温泉街再生を実施 |
| 片山津温泉 | 石川県 | 旅館廃業などを経験し、加賀温泉郷として再生を推進 |
| 山代温泉 | 石川県 | 旅行形態の変化に対応した温泉街再生を推進 |
| 山中温泉 | 石川県 | 加賀温泉郷の一つとして回遊性向上などを推進 |
| 長門湯本温泉 | 山口県 | 老舗大型旅館の廃業を契機に温泉街全体を再生 |
この中でも、水上温泉は地方温泉街が抱えてきた問題を理解しやすい事例です。かつて「関東の奥座敷」と呼ばれて栄えましたが、平成期には利根川沿いに大型の廃業旅館が残るようになりました。現在は行政・大学・金融機関・民間企業などが連携した再生プロジェクトが進められています。
浅虫温泉は旅館数が大幅に減少した代表例
青森県の浅虫温泉も、温泉地の盛衰を考えるうえで注目される地域です。長い歴史を持つ温泉地ですが、団体旅行中心だった時代から個人旅行中心の時代へ移行する中で宿泊施設が減少しました。
最盛期には30軒近くあったとされる旅館が大幅に減少した時期があり、現在は残った宿泊施設の改修や地域全体の魅力向上など、新しい観光地づくりが進められています。
ここで重要なのは、旅館数が減ったことと温泉地が消滅することは同じではないという点です。宿泊施設が減った結果、一軒一軒の宿を高付加価値化したり、地域独自の観光資源を活用したりすることで再生を目指すケースも増えています。
土湯温泉は「危機から再生した温泉地」の好例
福島県の土湯温泉は、東日本大震災と原発事故の影響によって大きな打撃を受けました。震災後には複数の宿泊施設が廃業し、観光客も大幅に減少したため、温泉街そのものの将来が危ぶまれる状況になりました。
しかし、その後は地域が復興再生に取り組み、温泉熱を利用したバイナリー発電など、温泉地ならではの地域資源を生かした事業を展開しています。廃業した宿の再生にも取り組み、単純な観光客数の回復だけではない持続可能な温泉街を目指してきました。
つまり、かつて「このままでは厳しい」と考えられた温泉地でも、その後の取り組みによって状況は大きく変わります。数年前の記事だけを見て現在も衰退中だと判断しないことが重要です。
長門湯本温泉は老舗旅館の廃業から温泉街全体を作り直した
山口県の長門湯本温泉では、宿泊者の減少や低未利用地の増加などによって温泉街の活力が低下し、2014年には約150年続いた老舗大型旅館が廃業しました。この出来事が地域再生を本格化させる大きな契機になりました。
その後、長門市が廃業旅館の土地・建物を取得し、民間事業者などと連携して温泉街全体の再生に着手しました。川沿いの公共空間、外湯、店舗、宿泊施設などを一体として考える面的なまちづくりが行われています。
現在の長門湯本温泉は「廃業寸前の温泉地」というより、一度大きな危機を経験した後に再生へ転換した温泉地として見るほうが実態に近いでしょう。このような例は、地方温泉地が必ずしも衰退のまま消えていくわけではないことを示しています。
鬼怒川温泉の「廃墟ホテル」と温泉街全体は分けて考える
廃業したホテルの存在で特に有名になったのが栃木県の鬼怒川温泉です。渓谷沿いには過去に営業を終了した大型ホテルが残り、その撤去や跡地利用が国会でも取り上げられたことがあります。
一方で、鬼怒川温泉には現在も営業を続けている大型ホテル・旅館があり、多くの観光客が訪れています。そのため「廃ホテルがある=鬼怒川温泉そのものが廃業寸前」と考えるのは適切ではありません。
これは他の温泉地を見るときにも重要なポイントです。検索すると廃墟の写真ばかり出てくる地域でも、少し離れた場所では新しいホテルやリニューアルされた旅館が営業している場合があります。
飯坂温泉・伊香保温泉・加賀温泉郷でも再生が進んでいる
福島県の飯坂温泉でも、過去には廃業旅館が多数存在し、景観や温泉街の活力低下が課題になりました。しかし廃屋の解体や既存旅館の再生、新しい観光コンテンツづくりなどが進められています。
群馬県の伊香保温泉でも、廃屋撤去を契機とした街並み改善などが観光庁の観光地再生事例として紹介されています。知名度の高い温泉地であっても、古い大型施設をどのように処理し、次の世代へ温泉街を引き継ぐかという問題を抱えています。
石川県の加賀温泉郷では、片山津温泉・山代温泉・山中温泉などで旅館廃業や観光客減少といった課題を経験してきました。一方で、共同浴場である「総湯」の整備や街歩きを楽しめる環境づくり、宿泊施設の改修などが行われています。
なぜ昔ながらの温泉街で旅館の廃業が増えたのか
地方の大型温泉街が苦しくなった最大の背景の一つが、旅行スタイルの変化です。高度経済成長期からバブル期にかけては、会社の慰安旅行や団体旅行で大型バスに乗り、数十人から数百人が一度に大型旅館へ宿泊する旅行が一般的でした。
ところが現在は、夫婦、家族、友人同士、一人旅など少人数旅行が中心です。旅行者も「巨大な宴会場がある宿」より、露天風呂付き客室、地域の食文化、街歩き、体験型観光などを重視するようになりました。
例えば500人を収容できる巨大ホテルは、満室なら効率的でも、利用者が100人しかいなければ広大な建物の空調、清掃、修繕、固定資産などが大きな負担になります。建物が大きいほど閉館後の解体費用も高額になるため、廃業した建物を簡単に撤去できないという問題まで発生します。
「なくなりそうな温泉」を探すなら小規模な一軒宿にも注目
本当に存続が不安定になりやすいのは、有名な温泉郷だけとは限りません。山間部などにある一軒宿、共同浴場だけが残る温泉、地域住民が管理している小規模温泉などは、経営者や管理者の高齢化によって突然営業を終了することがあります。
特に「宿の主人が源泉管理から建物の修繕まで行っている」「後継者がいない」「冬季は休業する」「営業日が徐々に少なくなっている」といった施設は、大型温泉街とは違った意味で存続が難しくなる可能性があります。
こうした小規模施設は閉館すると源泉そのものが利用されなくなるケースもあります。昔ながらの温泉文化を楽しみたい人にとっては、有名温泉街だけでなく地方の小さな共同浴場や一軒宿を訪れることも地域を支える一つの方法です。
温泉地を応援するなら「泊まる・食べる・街を歩く」が効果的
温泉地を残したい場合、最も分かりやすい応援方法は実際に利用することです。日帰り入浴だけでも収入になりますが、宿泊すれば宿泊料、飲食、土産、交通など地域内で消費される金額が大きくなります。
また、旅館の中だけですべてを済ませるのではなく、温泉街の飲食店、共同浴場、喫茶店、土産店などを利用すると地域全体にお金が循環します。近年の温泉街再生で「街歩き」が重視されている理由の一つもここにあります。
気になる温泉がある場合には、営業状況を公式観光協会や宿泊施設の公式情報で確認したうえで訪問するのがおすすめです。古い旅行ブログでは「廃業」と書かれていても、その後に新しい経営者によって再開している場合があります。
まとめ:廃業寸前と決めつけず、危機と再生の両方を見ることが大切
日本には、水上温泉、鬼怒川温泉、浅虫温泉、飯坂温泉、土湯温泉、伊香保温泉、加賀温泉郷、長門湯本温泉など、旅館の廃業や宿泊客減少、廃ホテル問題と向き合ってきた温泉地があります。
ただし、これらを一律に「廃業寸前の温泉郷」と呼ぶことはできません。むしろ行政や地元事業者、民間企業による投資によって再生が進んでいる場所も多く、過去の危機をきっかけに魅力的な温泉街へ変わった地域もあります。
本当に消滅の可能性が高い温泉を全国規模で正確に一覧化することは困難です。温泉地の状況は数年で大きく変わるため、「旅館数の減少」「廃業施設の存在」「後継者問題」「再生事業の有無」「現在営業している施設数」などを総合的に確認する必要があります。
そして、残したい温泉があるなら、実際に訪れて入浴し、宿泊し、地域のお店を利用することが何より直接的な応援になります。古い温泉文化は一度失われると元に戻すことが難しいからこそ、営業している今のうちに訪れてみる価値があります。


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