夏祭りでおなじみの金魚すくいは、今でこそナイロン製の袋や紙製のポイが一般的ですが、明治時代にはまったく異なる素材とスタイルが使われていました。本記事では、金魚すくいの歴史に迫り、ポイや袋の変遷、そして当時の文化背景を掘り下げます。
金魚すくいの始まりと明治時代の背景
金魚すくいのルーツは江戸時代末期から明治初期にかけての庶民の娯楽にあります。特に都市部では、夜店などで金魚すくいが人気を博していました。
当時の金魚すくいは、現代のように“遊び”としてだけでなく、家で金魚を飼う「風雅な趣味」としても位置づけられており、明治時代には中流層以上の人々が庭に金魚鉢を置くことも珍しくありませんでした。
明治時代のポイはどうだった?
現在主流のポイ(プラスチックの枠に和紙が張られたもの)は戦後に普及しましたが、明治時代には紙製の“手作りポイ”が主流でした。枠には竹や細い木材が使用され、和紙や薄い障子紙のような素材を張っていました。
水に弱いため、数匹取るとすぐ破れてしまうこともありましたが、その“難しさ”が逆に娯楽性を高める要素となっていました。
金魚を入れる袋はどんなもの?
現在よく見かける透明なビニール袋は存在しておらず、明治時代には陶器の器や竹製のかご、または木製の箱に水を張って金魚を持ち帰ることが多かったようです。
水漏れしないように和紙や布で包んでいた例もあり、特に遠方から来ていた客には“お持ち帰り”はせずに、その場で鑑賞するだけというスタイルも見られました。
素材の進化と共に変化した金魚すくい文化
戦後、ビニール素材の登場により、ポイや袋が格段に耐久性を増し、子供たちにも手軽に楽しめるレジャーとして定着していきました。
現代のイベントでは、子どもでも簡単にすくえる丈夫なポイや、金魚の健康にも配慮された袋が使用されており、安全性や楽しさのバランスが重視されています。
現代に残る“昔風”金魚すくいも存在
一部の伝統的な夏祭りや地域の催しでは、あえて昔ながらの竹製ポイや和紙を使う“復刻スタイル”の金魚すくいを提供しているところもあります。
こうしたイベントでは、明治時代の金魚すくい体験を再現し、訪れた人々に郷愁と学びを提供しています。
まとめ:道具の変遷から見える日本文化の一端
明治時代の金魚すくいは、現代と比べて素朴でありながらも工夫が凝らされたものでした。ポイや袋といった道具の進化は、日本人の暮らしや価値観の変化と密接に関係しており、夏祭りという文化の中で脈々と受け継がれています。
昔ながらの道具や方法を知ることで、現代の金魚すくいがいかに“便利”になったかを実感できると同時に、夏祭りという文化に対する理解もより深まることでしょう。

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