都市の再開発や住居表示制度の導入によって、町名の変更は多くの地域で進められてきました。名古屋市でも同様に多くの旧町名が姿を消しましたが、なぜか「東区久屋町8丁目6番地」だけは「久屋町」の名を残しています。その理由を知ることで、都市の記憶や住民感情、制度の仕組みに触れることができます。
住居表示制度と町名変更の波
名古屋市では1960年代以降、住居表示に関する法律に基づき町名整理が進められました。これにより、古くからの町名が廃止され、新しい丁目や番地による表記が導入されました。
「久屋町」も例外ではなく、ほとんどのエリアが「東桜」などの新しい町名に統合されましたが、なぜか一部が例外的に旧町名のまま残る結果となりました。
なぜ「久屋町8丁目6番地」だけが残ったのか
この場所にある建物が町名変更を拒否した可能性が高いとされています。住居表示制度では、住民や所有者の同意や協力が必要であり、特定の条件を満たすことで旧町名を残すことが可能でした。
たとえば、文化財級の建造物があり旧町名との結びつきが強い、または法人や施設名が町名に由来しブランド価値を維持したいなどの理由が考えられます。
実例:法人・ビル名による維持の例
仮にその土地に長年営業している老舗企業や、町名を冠したビル(例:久屋ビルなど)が存在していた場合、町名変更による影響は大きいため、例外として旧町名を残すケースがあります。
これは単なる事務的な判断ではなく、地域の歴史やアイデンティティの保護にもつながっています。
他の町名残存例との比較
実は名古屋市内では「久屋町」だけでなく、他にも旧町名が部分的に残っている例がいくつかあります。例えば「広小路町」「栄町」なども、一部の番地で旧名が残存しています。
これらは、主に商業施設や著名な建築物との関係が深く、名称変更による不都合が予想される場合に考慮されています。
法的・行政的視点からの解釈
町名の変更は「住居表示に関する法律」や「市町村の条例」によって定められており、完全な一律変更ではなく、例外規定を設けることが可能です。
行政側としても、住民や地域の要望、歴史的背景を考慮したうえで判断を下す柔軟性が求められます。
まとめ:町名の中に残る都市の記憶
名古屋市東区の「久屋町8丁目6番地」にだけ旧町名が残っているのは、単なる偶然ではなく、歴史・所有者の意向・行政判断など複数の要素が絡んだ結果といえます。
町名は単なる地理情報ではなく、そこに暮らす人々の記憶と誇りを表す重要な要素です。今後も都市開発の中で、こうした視点が大切にされることが期待されます。


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