現在では複線化された関越トンネルですが、かつては片側1車線という構造でした。その頃の関越トンネルを通ったことがある人にとっては、長時間の渋滞が記憶に残っているのではないでしょうか。この記事では、片側1車線だった関越トンネルでなぜ50kmを超える渋滞が起きていたのか、その背景と教訓を詳しく解説します。
■関越トンネルとは?
関越トンネルは群馬県と新潟県を結ぶ関越自動車道の中でも最大の難所として知られ、長さは日本でも有数の11km以上を誇ります。
1985年の開通当初は上下線で1本のトンネルを共有しており、交互通行ではないものの上下線とも片側1車線の構造でした。
■片側1車線がもたらした慢性的な渋滞
冬場になるとスキー客が殺到するこの地域では、交通量が一気に増え、ボトルネックであるトンネル内が渋滞の主因に。とくに土日や連休、年末年始は50km以上の渋滞も珍しくありませんでした。
実際、国土交通省の過去の渋滞実績にも「湯沢IC〜関越トンネル」で最大60km超の渋滞記録が残っており、渋滞ワーストランキングにも頻出していた時代がありました。
■上下線分離(複線化)で渋滞はどう変わったか
2002年に新たに下り専用のトンネルが開通したことで、従来の1本が上り専用になり、完全な2車線通行(上下分離)が実現。これによりトンネル内での追越が可能となり、車の流れが格段にスムーズになりました。
その結果、冬季のスキーシーズンでも渋滞距離は大幅に短縮され、50km級の渋滞は大きく減少。現在では道路交通情報でも「長い渋滞」の代名詞とはされなくなりました。
■交通量増加と対策のいたちごっこ
道路インフラが整っても、スキー・観光シーズンには交通量が激増するため、渋滞ゼロとはいきません。そのため、ETCの時間帯割引や、ナビゲーションアプリでの渋滞回避案内など、ソフト面の対策も現在では重視されています。
また、関越道だけでなく、並行する上信越道・北陸道への経路分散も重要視されるようになりました。
■実際に経験した人の声
「90年代にスキーに行くときは、湯沢インター手前で止まるのは当たり前。下手すると谷川岳PAから動かないなんてことも」「車中泊の準備をして出発する人もいた」といった声もSNSでは見られます。
その頃を知るドライバーにとっては、「関越トンネル=渋滞」のイメージが強く残っているようです。
■まとめ:当時の状況は今とは全く違う
片側1車線時代の関越トンネルは、確かに「50km渋滞が日常」と言っても過言ではないほどの混雑を抱えていました。
しかし、複線化・整備・情報提供の進化によって、現在はそのような大規模渋滞は大きく改善。当時を知らない若いドライバーには想像もつかないほどの進化を遂げています。
過去の道路事情を知ることで、現在の快適な道路環境に感謝の気持ちを持てるのではないでしょうか。


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