夏祭りや地域イベントでは、くじ引きやゲームで手に入れた景品を、近くにいた子どもへ譲る場面があります。大人にとって不要になった小さなおもちゃでも、子どもにとっては特別な思い出になることがあります。
一方で、知らない大人から子どもが物をもらうことについては、親の立場からすると防犯や教育上のルールも気になるところです。善意で物を譲ること自体と、子どもが「知らない人から物をもらってよい」と覚えてしまうことは分けて考える必要があります。
子どもにおもちゃを譲ること自体が教育上悪いとは限らない
まず、使わない景品を欲しがっている子どもに譲るという行為そのものを、一律に「教育上よくない」と考える必要はありません。人から親切にしてもらった経験は、感謝することや、自分も誰かに親切にすることを学ぶ機会にもなります。
たとえば夏祭りで、大人がくじ引きで当てた小さなおもちゃを持っており、子どもから「それはどこで買えますか?」と尋ねられたとします。その大人がもう必要としておらず、「よかったらどうぞ」と無償で譲ることは、日常生活の中で起こり得る自然な交流です。
そのため、一度親切にしてもらったことだけで、直ちに子どもの教育に悪影響が生じると考える必要はありません。大切なのは、その経験を周囲の大人がどのように説明するかです。
「欲しい物について自分で尋ねる」経験には学びもある
子どもが自分から知らない大人へ話しかけることには安全面への配慮が必要ですが、保護者が近くで見守っている状況なら、「自分で質問してみる」という経験そのものには社会性を育てる側面があります。
たとえば子どもが欲しそうな物を見つけたとき、親が代わりに全部聞くのではなく、「どこで売っているか自分で聞いてみたら?」と促すことがあります。これは必ずしも「物をもらってきなさい」という意味ではなく、知らないことを人に尋ねる練習として行われる場合があります。
質問するときの言葉遣い、相手が答えてくれたときのお礼、断られた場合の受け止め方など、短いやり取りにも学べることはあります。したがって、子どもだけが話しかけてきたという事実から、保護者が「無料でもらえるかもしれない」と意図していたと判断することはできません。
親が「あわよくばもらえる」と考えていたかは外からは分からない
子どもが他人の持ち物について尋ねてきた場合、保護者の意図にはさまざまな可能性があります。「売っている場所を聞いてきて」と頼んだのかもしれませんし、子ども自身が興味を持って勝手に質問した可能性もあります。
もちろん、世の中には相手の善意を期待して子どもを向かわせる人が絶対にいないとは言えません。しかし、具体的な言動がない以上、そこまで推測しても確かめようがありません。
特に祭りのように人が多い場所では、親が数メートル離れたところから子どもの様子を見守っていることもあります。子どもが戻ってきて初めて「もらった」と知った可能性もあるため、善意を利用されたと決めつける材料にはなりません。
教育上むしろ重要なのは「もらえることを当然と思わせない」こと
教育の観点で注意したいのは、物をもらったという結果よりも、「欲しいと言えば他人がくれる」「他人の物を欲しがれば手に入る」という認識が習慣化することです。
たとえば一度偶然おもちゃを譲ってもらった経験から、次の機会にも「それ欲しい」と繰り返し他人へ要求するようになれば、保護者が「前回は相手が親切でくれただけで、いつももらえるわけではないよ」と説明することが大切になります。
反対に、「ありがとう」とお礼を言い、偶然受けた親切として理解できれば、その経験は人との温かな交流として残ります。親切を受ける経験と、他人に物を要求する習慣は同じものではありません。
知らない人から物をもらう場合は安全面にも配慮する
もう一つ別の観点として重要なのが防犯です。子どもには一般的に、知らない人について行かないことや、保護者に確認せず物を受け取らないことなど、家庭ごとの安全ルールを教えておく必要があります。
特に食べ物や飲み物については、中身やアレルギーの問題もあるため、保護者の確認なしで受け取らないというルールが有効です。おもちゃについても、相手から「別の場所に取りに行こう」などと誘われた場合には、単なる物の受け渡しとは全く別の問題になります。
大人側が子どもへ何かを譲りたい場合も、保護者が近くにいるなら「これ、あげても大丈夫ですか?」と一言確認する方法が最も無難です。これなら善意を伝えながら、各家庭の教育方針や安全上のルールも尊重できます。
景品を譲るなら保護者を交えるとトラブルになりにくい
祭りのくじ引き景品などをその場で子どもへ譲る場合、相手が幼いほど保護者を交えたやり取りにすると安心です。「もう使わないから、欲しかったらお母さんやお父さんに聞いてみて」と伝える方法もあります。
保護者が了承すれば、その場で渡せます。保護者が家庭の方針として断ったとしても、それは善意を否定しているわけではなく、その家庭のルールを守っているだけです。
また、子ども側にも「人から何かをもらうときは親に確認する」という習慣を身につけてもらえます。善意と防犯教育を両立させやすい方法といえるでしょう。
子ども時代の小さな親切が長く記憶に残ることもある
大人から見れば数百円程度のおもちゃでも、子どもにとって価値は金額だけで決まりません。「祭りで知らないお兄さんがくれた」「欲しかった物を親切な人から譲ってもらった」という出来事そのものが思い出になることがあります。
そして成長後、自分が似た場面に遭遇したときに、かつて受けた親切を別の人へ返すこともあります。いわゆる「恩送り」のように、人から受けた善意が別の人への親切につながることもあるでしょう。
ただし、その温かい側面と「知らない人には警戒する」という防犯上の教育は両立します。親切な人がいることを教えることと、知らない人なら無条件に信用してよいと教えることは別だからです。
まとめ
夏祭りなどで不要になった景品やおもちゃを欲しがっている子どもへ譲ること自体は、それだけで教育上よくない行為とはいえません。子どもにとって、人の親切や感謝を経験する機会になることもあります。
また、子どもが自分から「どこで買えますか?」と尋ねてきたとしても、それだけで保護者が物をもらうことを狙っていたとは判断できません。単純に質問する練習として送り出した可能性もあり、本人が興味を持って尋ねただけということもあります。
大切なのは、「今回は相手の厚意でもらえたのであって、欲しがればいつでも他人からもらえるわけではない」ということを子どもが理解することです。さらに安全面を考えるなら、幼い子どもへ物を渡す際には保護者の了承を得るようにすると、親切な交流と防犯上の配慮を無理なく両立できます。


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