日本の動物園や水族館では、同じ種類の動物でも「ある施設では何頭も繁殖しているのに、別の施設では繁殖相手がいない」という状況が起こります。その場合、施設同士が協力して動物を移動させ、新しいペアや群れを作ることがあります。
ただし、これは一般の商品在庫のように「余った施設から不足している施設へ送る」という単純な仕組みではありません。特に希少動物では、国内全体の血統、性別、年齢、血縁関係、繁殖実績、飼育スペースなどを考慮して移動先や繁殖相手を決める個体群管理が重要になります。
実際、日本動物園水族館協会(JAZA)は繁殖を目的として園館同士で動物を貸し借りする「ブリーディングローン」を実施しています。1頭だけでなく複数頭が移動する例もあり、質問にある「縁談を決めて別の動物園へ移す」に近いことは現実に行われています。
動物園・水族館では施設を超えて繁殖を進めている
公益社団法人日本動物園水族館協会(JAZA)は、希少な動物を絶やさず増やすため、動物園・水族館同士で動物を貸し借りする「ブリーディングローン」という制度を設けています。JAZAによると、この仕組みによって希少動物のペア飼育や群飼育を進め、繁殖につなげています。[参照:日本動物園水族館協会]
つまり「A動物園にはオスがいるが繁殖可能なメスがいない」「B動物園には適切なメスがいる」という場合、条件が合えば一方を移動させ、新しいペアを形成することがあります。
動物そのものの所有権を完全に移すケースだけでなく、繁殖目的の貸借として移動する場合もあります。そのため一般的な売買とは考え方がかなり異なります。
「繁殖しすぎたから余った」というより血統の偏りが問題になる
繁殖に何度も成功した施設では、結果として若い個体が増え、飼育スペースや群れの構成上、別施設への移動が必要になることがあります。しかし希少動物の場合、「頭数が多い=余剰」とは限りません。
例えば国内に50頭いても、その多くが同じ父親や祖父を持つ近縁個体なら、繁殖に使える組み合わせは意外に少なくなります。反対に頭数は少なくても、国内で珍しい血統を持つ個体なら繁殖計画上非常に重要になることがあります。
動物園が必要としているのは単に「同じ種類の動物」ではなく、「その個体と繁殖させる意味がある、血縁の遠い適切な個体」であることが多いのです。このため人間の感覚でいう「お見合い」「縁談」に近い面があります。
実際に繁殖相手を求めて国内の動物園間を移動する例はある
実例として、多摩動物公園では2026年、マレーバクのメス「リン」をよこはま動物園繁殖センターへ移動すると発表しました。目的は新しいペア形成と繁殖で、ブリーディングローンによる移動です。発表時点で多摩動物公園には6頭、国内では13施設37頭のマレーバクが飼育されていました。[参照:東京ズーネット]
同じ2026年には、多摩動物公園のアムールトラ「フタバ」が周南市徳山動物園へ移動することも発表されています。この移動はJAZA生物多様性委員会の種別管理計画に基づくブリーディングローンによる繁殖成果として実施されるものです。[参照:東京ズーネット]
このように「同じ種類を飼育しているから適当に交換する」のではなく、国内の繁殖計画に沿って特定の個体が選ばれ、別の施設へ移る例が実際にあります。
1頭ではなく複数頭が一緒に移動することもある
動物の移動は1頭ずつとは限りません。2026年には、多摩動物公園から静岡市立日本平動物園へチンパンジーの「ピーチ」と「プラム」の2頭を移動することが発表され、実際に移動しています。これはJAZAのチンパンジー管理計画に基づき、新たな繁殖を目指したブリーディングローンでした。[参照:東京ズーネット]
したがって、条件次第では「繁殖して頭数が増えた施設から、別の施設へ複数個体が移る」という現象もあります。ただし、大量繁殖した動物を一括して不足施設へ配るというより、個体ごと、あるいは社会的な関係を考慮した複数頭単位で計画的に移動すると考えるほうが正確です。
特にチンパンジーなど高度な社会性を持つ動物では、単純にオス1頭・メス1頭を組み合わせればよいとは限りません。群れの構成、個体同士の関係、年齢なども考える必要があります。
なぜ「欲しい動物がいるならすぐ移せばいい」とはいかない?
動物園側がある種類を必要としていて、別の施設に複数頭いたとしても、必ず移動できるとは限りません。繁殖可能な組み合わせなのか、血縁関係に問題がないか、移動先に適切な施設があるかなど多くの条件があります。
さらに大型動物では輸送そのものが大きな負担になります。例えば多摩動物公園が2026年にマレーバクを移動する際には、移動前から輸送箱へ収容する練習を行うと発表しています。動物の状態によっては移動を延期・中止する場合もあります。
施設側にも受け入れ準備が必要です。獣舎や水槽の容量、隔離・検疫設備、飼育技術、餌、飼育員の体制などが整わなければ、単純に「空いているから受け入れる」というわけにはいきません。
水族館でも考え方は基本的に同じ
JAZAのブリーディングローンは動物園だけを対象とした考え方ではなく、動物園・水族館が協力して希少種を維持する仕組みです。魚類、両生類、爬虫類などでも、飼育下で個体群を維持するために園館間の協力が重要になります。
一方、動物の種類によって繁殖速度や一度に生まれる数は大きく違います。ゾウや大型類人猿のように1頭の繁殖に長い年月がかかる種類と、一度に多数の卵や子を残す魚類・両生類では「増え方」がまったく違います。
そのため、水族館で多数繁殖した生物を別施設へ移すことと、希少な大型哺乳類1頭を繁殖計画に基づいて移動させることは、同じ「移動」でも意味合いが異なります。種ごとの生態に合わせて管理されていると考える必要があります。
動物園全体を一つの大きな個体群として考えるのがポイント
現代の動物園・水族館における希少種の繁殖では、「この動物園だけで何頭増やせるか」ではなく、国内あるいは国際的な飼育個体群を将来にわたって維持できるかという視点が重要です。
JAZAも、各園館のコレクションプラン策定や国内外の関係機関との協力による飼育下個体群の維持管理を進めています。個体群管理とは、飼育下などにいる同種の動物の集団を将来にわたって健全に維持できるよう管理することです。[参照:日本動物園水族館協会]
例えばA園で子どもが何頭も生まれたとしても、その子ども同士や親との繁殖を繰り返せば血縁が近くなります。そこでB園、C園へ個体を移動させ、血縁の遠い相手との繁殖を目指すことが、国内全体の遺伝的多様性を維持するうえで意味を持ちます。
まとめ:繁殖に成功した施設から別施設へ「縁談」で移動することは実際にある
日本の動物園・水族館では、ある施設で繁殖した動物を別の施設へ移し、新しい繁殖ペアや群れを形成することは実際に行われています。その代表的な仕組みが、JAZAが推進しているブリーディングローンです。
「繁殖に成功して個体が増えた施設から、繁殖相手を必要としている別施設へ移動する」という現象はありますが、単純な余剰・不足の調整ではなく、血統や遺伝的多様性、性別、年齢、施設環境などを考慮した繁殖計画として行われます。
また、1頭だけでなく複数頭が移動する事例もあります。ただし「余った10頭を不足している施設へまとめて送る」といった在庫調整のような考え方ではなく、動物の福祉や社会関係、繁殖計画を考慮して個別に判断されます。
動物園で「この動物は○○動物園生まれ」「繁殖のため△△動物園から来園」と紹介されていたら、その背景にはこうした園館同士の協力があります。現在の動物園・水族館では、一つの施設だけで完結させず、国内外の施設が協力して一つの飼育個体群を守っていくことが、希少種の保存における重要な役割になっています。


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