タクシー営業中、乗客の嘔吐や飲食物のこぼれ、体調不良などによって車内が著しく汚れ、その日の営業を続けられなくなることがあります。このとき問題になるのが、車内清掃・クリーニング費用をタクシー会社、ドライバー、乗客の誰が負担するのかという点です。
結論からいうと、全国のタクシー会社に共通する「必ず会社負担」「必ずドライバー負担」「必ず折半」というルールがあるわけではありません。会社の就業規則や社内規程、汚損が発生した原因、乗客側に法的責任があるか、ドライバーに故意・過失があったかなどによって扱いが変わります。
特に雇用されているタクシードライバーの場合、業務中に発生した車両の汚損費用を会社が当然に全額給与から差し引けるわけでもありません。「誰が最終的に負担するか」と「会社が給与から天引きできるか」は分けて考える必要があります。
まずタクシー会社の車なら清掃費を会社が処理するケースが考えられる
法人タクシーの場合、営業車両は通常タクシー会社が事業のために使用している車両です。乗客による車内汚損が発生した場合、まず会社へ報告し、会社の手順に従って清掃・消毒や車両交換などを行うことになります。
そのため、クリーニング業者への支払いをいったん会社が行うことは十分考えられます。ただし「会社が業者へ支払うこと」と「最終的な費用負担者が会社になること」は必ずしも同じではありません。乗客に責任があるケースなら、会社側が乗客へ清掃費等を請求する可能性もあります。
一方、会社によっては車内汚損について独自の事故処理規程や乗務員向けルールを設けている場合があります。そのため勤務先の規程を確認せず、「他社では会社負担だったから自社も同じ」と考えることはできません。
乗客が汚した場合は乗客へ請求できることもある
乗客の行為によってタクシー車内に損害が発生した場合、その事情によっては乗客に損害賠償責任が生じる可能性があります。民法709条は、故意または過失によって他人の権利・法律上保護される利益を侵害した者について、その損害を賠償する責任を定めています。[参照:e-Gov法令検索 民法]
例えば、乗客が不注意で大量の飲料を座席へこぼして特殊清掃が必要になったケースなどでは、実際に必要となった合理的な清掃費が損害として問題になる可能性があります。
ただし、汚したという事実だけで、どのような場合でも乗客へ一定額を請求できるとは限りません。請求の可否や範囲は、原因、乗客の過失、実際に発生した損害などを踏まえて個別に判断する必要があります。
「不可抗力」で汚れた場合は乗客負担になるとは限らない
特に重要なのが、乗客に故意も過失もない不可抗力による汚損です。例えば、それまで予測できなかった突然の体調急変によって嘔吐してしまったケースでは、飲み過ぎを認識しながら乗車したケースなどとは事情が異なります。
民法上の不法行為責任では原則として故意・過失が問題になるため、本当に乗客側に故意も過失も認められない不可抗力であれば、「汚したのだから当然に全額賠償」とは言い切れません。何が不可抗力に当たるかも具体的事情によって判断されます。
この場合、会社が事業上発生した費用として処理するケースも考えられます。しかし、だからといって自動的にドライバー個人が負担することになるわけではありません。ドライバー側にも責任がないのであれば、個人負担を求める根拠について別途確認する必要があります。
会社がドライバーの給料から勝手にクリーニング代を引けるとは限らない
雇用されているドライバーの場合には労働基準法も重要です。労働基準法24条では、賃金は原則としてその全額を労働者へ支払わなければならないという「賃金全額払いの原則」が定められています。[参照:e-Gov法令検索 労働基準法]
したがって、会社が「清掃代1万円がかかったから今月の給料から1万円引く」という処理を自由にできるとは限りません。法令上認められる控除などを除き、損害賠償債権があることと賃金から一方的に控除できることは別問題です。
また労働基準法16条では、労働契約の不履行について違約金を定めたり、損害賠償額をあらかじめ予定したりする契約を禁止しています。例えば「乗客が車内を汚したら原因を問わず運転手が一律3万円支払う」といったルールについては、その内容を慎重に確認する必要があります。
ドライバーに過失があっても必ず全額自己負担とは限らない
業務中の事故や損害について、労働者に一定の過失があった場合でも、発生した損害のすべてを当然に労働者へ負担させられるとは限りません。事業活動には一定のリスクが伴い、会社側もその利益を得ながら事業を行っているためです。
最高裁判例でも、使用者が労働者へ求償できる範囲について、事業の性格、規模、施設の状況、労働者の業務内容、勤務態度、加害行為の態様、保険等への配慮などを考慮し、信義則上相当と認められる限度で認められるという考え方が示されています。
まして乗客の突然の体調不良などで、ドライバー自身には原因も過失もないケースなら、「営業車だから運転手が全部払う」という単純な結論にはなりません。会社から個人負担を求められた場合は、その根拠となる就業規則・賃金規程・事故処理規程などを確認することが大切です。
営業できなくなった時間の損失はどうなる?
大量の嘔吐などでは、問題はクリーニング代だけではありません。清掃や消毒、乾燥が完了するまで車両を営業に使えず、売上機会を失うことがあります。
この営業損失を乗客へ請求できるかについても、乗客側の責任の有無や、損害との因果関係、損害額をどのように立証できるかなどが問題になります。「普段ならあと3万円売り上げていたはず」というだけで、その全額が当然に認められるとは限りません。
会社に予備車があり、別車両へ乗り換えて短時間で営業を再開できた場合と、その日の営業を完全に終了せざるを得なかった場合でも実際の損害は異なります。こうした請求判断はドライバー個人で行わず、会社の事故・運行管理担当者へ報告して処理するのが基本です。
車内を汚されたときにドライバーが行うべきこと
実際に営業を続けられないほど車内を汚された場合、まず安全な場所へ停車し、会社や運行管理者へ連絡して指示を受けることが重要です。乗客の体調が深刻なら清掃費より救護を優先し、必要に応じて救急要請を行います。
そのうえで会社のルールに従い、汚損状況、発生時刻、場所、乗客とのやり取りなどを記録します。清掃前に会社から写真撮影を求められる場合もあります。後から費用負担を巡って問題になった際、客観的な記録が重要になるためです。
- 安全を確保して運行管理者へ連絡する
- 乗客の体調に問題があれば救護を優先する
- 汚損状況と発生経緯を記録する
- 会社の指示なしに独断で高額な金銭を要求しない
- 清掃費の領収書・明細を保存する
- 個人負担を求められた場合は社内規程と根拠を確認する
特に乗客との金銭トラブルを避けるため、ドライバー個人の判断でその場で高額な「迷惑料」を設定するのではなく、勤務先の規程に従うことが重要です。
会社負担・ドライバー負担・乗客負担を整理すると
車内汚損の費用負担は、次のように整理すると理解しやすくなります。ただし実際の結論は個々の事情や会社の制度によって異なります。
| 状況 | 考え方 |
|---|---|
| 乗客の故意・過失による汚損 | 乗客へ合理的な損害の賠償を求められる可能性がある |
| 乗客にも運転手にも責任のない不可抗力 | 会社の事業上の費用として処理される可能性があり、当然に運転手負担とはいえない |
| ドライバーに過失がある | 個人負担が問題になる場合があるが、当然に全額負担とは限らない |
| 会社がクリーニング業者へ支払う | 会社が最終負担者になるとは限らず、後から責任者へ請求する場合がある |
| 給与から清掃代を差し引く | 賃金全額払いの原則があり、一方的な天引きが自由にできるわけではない |
つまり「会社・ドライバー・乗客で三等分する」といった全国統一の仕組みがあるわけではありません。誰にどの程度の責任があるのかを確認したうえで判断されます。
個人タクシーの場合は事情が異なる
法人タクシーの雇用ドライバーと個人タクシーでは考え方が異なります。個人タクシーでは事業者自身が車両を管理しているため、クリーニング業者への支払いはいったん自分で行うことになる場合が多いでしょう。
そのうえで乗客に法的責任があるなら、実際に発生した合理的な損害について賠償請求を検討することになります。一方、完全な不可抗力で乗客にも責任が認められないのであれば、事業者側の損失となる可能性があります。
法人タクシーについて質問する場合は「会社の車なのか」「個人タクシーなのか」を区別することが重要です。また法人でも会社ごとの事故処理制度や保険、労使間の取り決めによって実務上の対応は異なります。
まとめ:不可抗力ならドライバーが当然に負担するわけではない
タクシー車内を乗客に汚され、営業続行ができないほどのクリーニングが必要になった場合、会社負担・ドライバー負担・折半という全国共通のルールはありません。乗客の故意・過失、ドライバーの過失、会社の規程、実際に発生した損害などを踏まえて判断されます。
乗客の故意・過失によって汚損したのであれば、乗客に清掃費などを請求できる可能性があります。一方、本当に誰にも予測・回避できなかった不可抗力で、ドライバーにも責任がない場合、清掃費が発生したからといって当然にドライバー個人の負担になるとはいえません。
また会社がドライバーに損害賠償を求められるかという問題と、その金額を給与から一方的に天引きできるかという問題は別です。実際に個人負担を求められた場合は、就業規則・賃金規程・事故処理規程と負担の根拠を確認し、疑問が解消しない場合には労働基準監督署や厚生労働省の総合労働相談コーナーなどへ相談する方法があります。[参照:厚生労働省 総合労働相談コーナー]


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