WANDSの代表曲「世界が終るまでは…」のミュージックビデオ(MV/当時の呼称ではPV)は、巨大な航空機格納庫を舞台にした印象的な映像で知られています。撮影場所については「羽田空港の格納庫」と紹介されることが多いため、現在のJAL(日本航空)の整備施設を知っている人なら「日本航空羽田整備ビルなのでは?」と思うかもしれません。
しかし、1994年に発表されたオリジナル版MVについて資料をたどると、撮影場所は当時の日本エアシステム(JAS)の羽田空港にある格納庫だったと考えるのが妥当です。さらに羽田空港には現在「JALメインテナンスセンター」と「日本航空羽田整備ビル」という別の施設があるため、名称を混同しないことが重要です。
「世界が終るまでは…」のMVは羽田空港の格納庫で撮影された
「世界が終るまでは…」は1994年6月8日に発売されたWANDSの8枚目のシングルで、テレビアニメ「SLAM DUNK」のエンディングテーマとしても広く知られています。オリジナルMVでは、広大な格納庫内にメンバーと楽器が配置された演奏シーンが大きな特徴になっています。
このMVが羽田空港の格納庫で撮影されたこと自体は複数の資料で紹介されています。2025年にテレビ東京系で放送された番組の内容を記録した資料でも、WANDSの「世界が終るまでは…」について「MVは羽田空港の格納庫で撮影」と紹介されています。[参照] 放送内容
問題は「羽田空港のどの格納庫なのか」です。現在の施設名だけから判断すると、当時とは会社や施設の名称が変わっているため話が少し複雑になります。
撮影当時はJALではなく日本エアシステム(JAS)の格納庫だったとされる
撮影場所についてさらに具体的に記載している資料では、日本エアシステム(JAS)の格納庫だったとされています。日本エアシステムに関する資料には、WANDSの8枚目のシングル「世界が終るまでは…」のPVが「羽田空港の日本エアシステムの格納庫」で撮影され、映像後半には同社のA300型機が映っていたとの記述があります。
この点は映像を読み解くうえでも重要です。1994年当時、現在のJALと日本エアシステムはまだ別会社でした。したがって、当時の出来事を説明する際に「日本航空の格納庫で撮影された」とだけ表現すると、1994年当時からJALの施設だったかのような誤解につながります。
JAL公式の社史によると、日本エアシステムの前身である東亜国内航空は1988年4月1日に株式会社日本エアシステムへ社名変更し、その後JALとの経営統合を経て2004年までJASとして歩んでいます。[参照] JAL公式「JASの歴史」
1990年代の羽田にはJASの格納庫が実際に2棟あった
「本当に羽田にJAS専用の格納庫があったのか」という点については、国土交通省関東地方整備局の東京空港整備事務所が公開している羽田空港沖合展開事業の資料が参考になります。
同資料では、西側整備エプロンにターミナル側から日本エアシステム2棟、日本航空1棟、全日本空輸1棟の合計4棟の格納庫が建設されたと説明されています。つまり、1990年代の羽田空港にはJASの大型格納庫が存在していました。[参照] 国土交通省関東地方整備局 東京空港整備事務所
「世界が終るまでは…」が発売されたのは1994年ですから、時期的にもこの羽田の整備地区と重なります。MVの巨大な格納庫と航空機を使った映像は、単なる撮影用セットではなく、実際の航空会社の整備施設を舞台にしたものと考えることができます。
では現在の「JALメインテナンスセンター」と同じ場所なのか
ここが少しややこしいところです。現在、羽田空港にはJALの大規模な整備施設としてJALメインテナンスセンター1(M1)とJALメインテナンスセンター2(M2)があります。
JAL公式では、羽田空港に隣接するJALメインテナンスセンターについて、航空機の整備・点検を24時間体制で行う施設であり、「JAL工場見学~SKY MUSEUM~」も備えていると説明しています。[参照] JAL公式「地上施設における取り組み」
施設資料によれば、M1は東京都大田区羽田空港3-5-1、M2は羽田空港3-5-2にあります。現在は完全にJALの整備施設として使用されているため、現代の写真だけを見ると「JALの格納庫」と認識するのが普通です。[参照] JALメインテナンスセンターM1・M2施設資料
「日本航空羽田整備ビル」とは場所が違う
注意したいのが、「JALメインテナンスセンター」と「日本航空羽田整備ビル」は名称上も所在地上も同じ施設ではないという点です。
現在のJALメインテナンスセンター1は羽田空港3-5-1にあります。一方、「日本航空羽田整備ビル」という名称で現在確認できる施設の所在地は羽田空港1-11-2です。例えば政府の法人情報データベースでも、JALビジネスアビエーションの所在地として「東京都大田区羽田空港1丁目11番2号 日本航空羽田整備ビル7階」と確認できます。[参照] Gビズインフォ
そのため、WANDSのMVに映っているJAS格納庫を、現在「日本航空羽田整備ビル」と呼ばれている建物そのものだと断定するのは適切ではありません。「現在はJAL系の施設だから日本航空羽田整備ビルだろう」という推測だけでは施設を特定できないのです。
現在のM1・M2は1993年竣工の格納庫
現在のJALメインテナンスセンターについて、東芝ライテックの施設資料では1993年竣工とされています。M1・M2という2つの施設から構成され、M1では重整備、M2では軽整備や日常的なメンテナンスが行われる施設として紹介されています。[参照] JALメインテナンスセンターM1・M2資料
さらに、2008年に公表されたM2建物に関する不動産資料では、設計者の一つとして株式会社日本エアシステム(現・株式会社日本航空インターナショナル)と明記されています。これは現在JALが利用している整備施設と旧JASとの歴史的なつながりを確認するうえで有力な資料です。
したがって、1994年当時の「JASの格納庫」が現在のJAL整備施設につながっているという理解には根拠があります。ただし、公開資料だけからMV内の個々のカットを照合して「M1のこの区画」「M2のこのドック」とまで断定するには、当時の撮影記録や図面など、さらに直接的な資料が必要です。
MVに登場する航空機もロケ地を考える手掛かりになる
「世界が終るまでは…」のオリジナルMVについては、後半に日本エアシステムのエアバスA300が登場したとする記録があります。これは撮影場所がJASの格納庫だったという情報とも整合します。
JAL公式のJAS社史によれば、東亜国内航空時代の1980年12月3日にA300の1号機が東京国際空港へ到着し、1981年3月1日に東京-鹿児島線へ就航しました。さらに1986年にはA300-B4型も導入されています。[参照] JAL公式「JASの歴史」
つまり1994年のMV撮影時、A300はJASを象徴する大型機の一つでした。巨大な格納庫だけでなく、そこに映る航空機まで見ることで、当時どの航空会社の施設だったのかを読み解きやすくなります。
1994年版と第5期WANDS版のMVはロケ地が違う
もう一つ混同しやすいのが、現在インターネット上で視聴できる「世界が終るまでは…」には、1994年のオリジナル映像だけでなく、現在のWANDSによる第5期ver.のMVも存在することです。
第5期ver.は2022年に制作された新しい映像で、1994年版の羽田空港格納庫とは別のロケーションです。映像制作会社の実績ページでも「世界が終るまでは… [WANDS第5期ver.]」のMVについて2022年12月の制作として掲載されています。[参照] 株式会社IDEA
したがって「世界が終るまでは…のMVのロケ地」を調べるときは、1994年オリジナル版なのか、第5期WANDS版なのかを区別する必要があります。羽田空港の格納庫という話は1994年のオリジナル版についてのものです。
「日本航空の格納庫」と紹介されることがある理由
現在から見ると、旧JASはJALグループへ統合され、その整備施設もJALの施設になっています。このため昔の映像を現在の名称で説明すると、「JALの格納庫」「日本航空の整備場」と紹介されることがあります。
しかし歴史を正確に表現するなら、1994年の撮影当時はJASとJALは別会社でした。したがって「当時の日本エアシステム(JAS)の羽田格納庫。現在はJALの整備施設につながる施設」という説明が最も誤解が少ないでしょう。
特に「日本航空羽田整備ビル」という固有の建物名を使う場合は注意が必要です。現在その名称で確認できる羽田空港1-11-2の施設と、羽田空港3丁目にあるJALメインテナンスセンターM1・M2は所在地が異なるためです。
まとめ|WANDS「世界が終るまでは…」は旧JASの羽田格納庫で撮影されたと考えるのが妥当
WANDS「世界が終るまでは…」の1994年版MVが羽田空港の格納庫で撮影されたことは、複数の資料で確認できます。さらに具体的な資料では、撮影場所は当時の日本エアシステム(JAS)の格納庫で、映像にはJASのA300型機も登場したとされています。
国土交通省の羽田空港整備資料でも、当時の西側整備エプロンには日本エアシステムの格納庫が2棟存在したことが確認できます。また現在のJALメインテナンスセンターM1・M2には旧JASとの歴史的なつながりがあります。
一方、現在「日本航空羽田整備ビル」と呼ばれている羽田空港1-11-2の施設と、JALメインテナンスセンターM1・M2は別所在地です。このため、「MVの撮影場所=現在の日本航空羽田整備ビル」と断定するのは避けたほうが正確です。
整理すると、最も確度の高い表現は「1994年版『世界が終るまでは…』のMVは羽田空港にあった当時の日本エアシステム(JAS)の格納庫で撮影された。現在のJAL整備施設とは歴史的につながっているが、『日本航空羽田整備ビル』という現在の固有施設名と同一視するのは適切ではない」となります。30年以上前のMVですが、背景の航空機や羽田空港の施設史まで調べると、映像そのものが1990年代の日本航空業界を残した記録としても興味深い作品だと分かります。


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