高速道路で異常にスピードを出す人の心理とは?速度超過を繰り返す理由を交通心理学から解説

車、高速道路

高速道路を走っていると、こちらが一定の速度で走行しているにもかかわらず、後方から急接近して一瞬で追い越していく車を見かけることがあります。「なぜそこまで急ぐのか」「事故や取締りのリスクがあるのに、なぜ速度を落とさないのか」と不思議に感じる人も多いでしょう。

高速走行をするドライバー全員に共通した一つの心理があるわけではありません。交通心理学やリスク行動に関する研究を見ると、時間を短縮したいという実利的な動機、刺激を求める性格傾向、自分なら事故を起こさないという自信、速度への慣れ、周囲の交通から受ける影響など、複数の要因が組み合わさって速度超過につながると考えられます。

また、外から見れば非常に危険な速度であっても、本人が同じ程度の危険を感じているとは限りません。そこに高速走行の心理を理解する重要なポイントがあります。この記事では、単に「急いでいるから」で終わらせず、なぜリスクを認識しながら高速走行を続ける人がいるのかを研究結果も交えて解説します。

高速道路でスピードを出す理由は一つではない

極端な高速走行を見ると、「スリルを楽しんでいるのでは」と考えがちです。実際、それが当てはまる人もいます。しかし、すべての速度超過が娯楽目的というわけではありません。

代表的な動機としては、急いでいる、早く目的地へ着きたい、運転そのものを楽しみたい、速い速度を快適だと感じる、周囲も速いため自分も速度を上げる、追い越し車線で前車に追いついたためさらに加速するといったものが考えられます。

交通心理学では、行動によって得られる「利益」と、事故や取締りなどの「損失」を本人がどう評価しているかが重要になります。客観的には危険性が高くても、本人が危険を低く見積もり、時間短縮や快感などの利益を大きく評価すれば、高速走行を選択しやすくなります。

「早く着きたい」という時間的プレッシャーは実際に速度超過と関係する

非常に分かりやすい理由が、「予定に遅れたくない」「できるだけ早く到着したい」という時間的プレッシャーです。仕事、待ち合わせ、空港、帰宅時間など、本人にとって到着時刻が重要であるほど速度を上げる誘惑は強くなります。

英国の会社員ドライバー572人を対象とした研究では、高速道路で頻繁に速度超過をする人ほど、速度超過を重要なリスク要因と考えにくく、同時に約束の時間どおりに到着することを重要視する傾向が確認されています。[参照:PubMed「Speeding in relation to perceptions of risk, utility and driving style」]

つまり高速走行は必ずしも「命知らずの遊び」だけではなく、「10分でも早く着きたい」という日常的な目的から始まる場合があります。ただし、速度を上げても渋滞、料金所、休憩、一般道の信号などがあるため、実際に短縮できる時間は本人が期待するほど大きくならない場合もあります。

スリルそのものを好む「刺激希求」という心理もある

一方で、速さそのものに魅力を感じる人が存在することも研究で示されています。心理学では、新しく強い刺激や興奮を求める傾向を「刺激希求(sensation seeking)」と呼びます。

交通行動に関する研究では、刺激希求傾向が高い人ほど、速度超過を含む危険な運転行動をとりやすいことが報告されています。大学生を対象とした研究でも、刺激希求傾向の高い参加者は速度超過や攻撃的運転を報告する割合が高く、高速道路でもより速く走ると回答する傾向が確認されました。[参照:PubMed「Sensation seeking, risky driving and behavioral adaptation」]

さらに別の研究では、スリルや冒険を求める性格傾向が強い人の場合、危険性を伝えるだけでは危険運転を抑える効果が弱くなる可能性が示されています。つまり「危ないと分かればやめるはず」とは限らず、危険性そのものが刺激の一部になる人もいるということです。[参照:PubMed「Thrill and adventure seeking as a modifier of the relationship of perceived risk with risky driving」]

「自分は運転が上手いから大丈夫」という自信が速度を上げることもある

高速走行をする人が、毎回「事故を起こすかもしれない」と強く恐れながらアクセルを踏んでいるとは限りません。むしろ本人の中では「この程度なら自分は問題なく運転できる」と評価している可能性があります。

人間には、自分の能力や将来について平均以上に楽観的に判断する傾向があります。運転でも「他人は事故を起こすかもしれないが、自分は注意している」「普通の人には危険でも、自分にはコントロールできる」と考えることがあります。

3,002人の若年ドライバーを調査した研究では、速度超過に伴う事故や処罰のリスクを他人と比較してどのように評価しているかと、本人の速度超過行動や刺激希求傾向との関連が調べられています。頻繁な速度超過では、自分自身の事故・処罰リスクをどう見積もるかという主観的判断が重要な要素になります。[参照:PubMed「Are drivers’ comparative risk judgments about speeding realistic?」]

何度も高速走行して無事だった経験が「大丈夫」という感覚を強める

速度超過を繰り返している人にとって、「今日も事故を起こさなかった」という経験そのものが学習になります。100回速く走って100回とも無事なら、「やはりこの速度でも問題ない」と感じやすくなるからです。

しかし、事故が起きなかったことと、その行動が安全だったことは同じではありません。危険な行動でも、事故という結果が発生する確率が毎回100%でなければ、何度も成功体験を積むことができます。

長期的なドライバー調査では、速度超過などのリスク行動を続けることによって、その後の本人のリスク認知が低くなる方向へ影響する可能性が報告されています。[参照:PubMed「Relationships between risk-taking behaviour and subsequent risk perceptions」]

これは「高速走行する人は最初から危険を理解できない」という単純な話ではありません。何度も無事だった経験によって、本人の中で危険な速度が徐々に「普通の速度」へ変わっていく可能性があります。

高性能な車ほど「速く走っている感じ」が薄れる場合がある

現代の自動車は、高速域でも車内が静かで、直進安定性も高くなっています。高性能車では加速も滑らかで、100km/hからさらに速度を上げても、昔の車ほど振動や騒音が増えないことがあります。

その結果、速度計を見れば高速でも、体感的にはそれほど速く感じないということがあります。特に広く直線的な高速道路では、周辺の物体が遠いため、一般道より速度感が弱くなることもあります。

さらにABS、横滑り防止装置、衝突被害軽減ブレーキ、四輪駆動など安全技術が充実すると、「この車なら大丈夫」という安心感が生まれる可能性があります。前述の刺激希求に関する研究でも、安全装備を備えた車なら速度を上げると回答する参加者が見られました。これは「安全装備があることで、別の部分でリスクを取る」という行動適応の一例として研究されています。[参照:PubMed「Sensation seeking, risky driving and behavioral adaptation」]

夜の直線道路は速度感と危険感覚を狂わせやすい

夜間の空いている高速道路は、速度を出しやすい条件が重なります。交通量が少なく、前方に車がほとんどなく、道路も直線であれば、ドライバーには「障害物がない広い空間」に見えます。

昼間なら周囲の建物、車、景色の流れから速度を感じやすい一方、夜間はヘッドライトの照射範囲以外が暗くなります。そのため走行速度に対する視覚的な刺激が減り、本人が高い速度に慣れてしまうことがあります。

ただし、これは実際の危険が減ったことを意味しません。むしろ夜間は視認できる距離が短くなり、停止車両、落下物、動物、工事規制、事故渋滞などを発見してから対応できる時間が短くなります。「何も見えないから安全」と「何もないから安全」は別のものです。

周囲の車が速いと自分の速度も正常に感じやすくなる

運転速度は個人の判断だけでなく、周囲の交通にも影響されます。周りの車が100km/h前後なら120km/hが非常に速く感じても、周囲が同程度の速度で流れていれば本人には突出した速度に感じられないことがあります。

また、一台の速い車を追いかけるように複数台が速度を上げ、結果的に高速走行の集団が形成されることもあります。「前の車もこの速度だから大丈夫だろう」という判断です。

これは道路上で生じる一種の社会的基準です。本来の安全性とは別に、周囲が行っている行動ほど正常に感じられるため、速度超過が日常化している環境では心理的な抵抗が弱くなる可能性があります。

追い越しそのものが競争心理を刺激する場合もある

すべてではありませんが、他車との関係が速度を上げる原因になるケースもあります。前の車に追いつく、追い越される、後ろから接近されるといった出来事を「競争」のように受け取るドライバーです。

例えば、追い越されたあと急に速度を上げて追い返す、追い越し車線で前車との距離を極端に詰める、追い越されたことを自分への挑発として受け取るといった行動があります。この場合、本来の目的地へ早く着くことより感情が優先されています。

怒りや焦りが加わると、普段なら受け入れない程度のリスクを取ることがあります。刺激希求と危険運転の関連だけでなく、近年の研究では感情調整の難しさが刺激希求とリスクの高い運転行動との関連を媒介する可能性も指摘されています。[参照:PubMed「Sensation seeking predicts risky driving behavior」]

「捕まるかもしれない」というリスクも毎回同じ重さでは感じていない

速度超過をしない人から見ると、「事故だけでなく取締りの可能性まであるのに、なぜ速度を出すのか」と感じます。しかし、本人が考える取締り確率が低ければ心理的な抑止力も小さくなります。

例えば過去に何年も速度超過をして一度も検挙されていない人なら、「この道路では取締りをほとんど見ない」「場所を知っているから大丈夫」と考えるかもしれません。これは実際の検挙確率とは別の、本人の主観的な確率です。

リスク行動では「罰が大きいか」だけではなく、「自分が実際にその罰を受けると思っているか」が行動に影響します。そのため、重大なペナルティが存在していても、本人が発生確率を極端に低く見積もれば抑止力は弱くなります。

本当に緊急の事情で飛ばしているケースもゼロではない

もちろん、すべてを性格や心理的傾向だけで説明することもできません。家族の急病、仕事上のトラブル、飛行機や列車への遅刻など、本人にとって切迫した事情があるケースも考えられます。

ほかにも、単純に出発が遅れた、トイレへ急いでいる、帰宅を急いでいるという日常的な事情もあり得ます。ただし外から車を見ただけでは、それがスリル目的なのか緊急事情なのかを判別することはできません。

したがって、目の前を非常に速い車が通過したときに「この人はこういう性格だ」と断定することはできません。交通心理学が説明できるのは、集団としてどのような心理的要因が速度超過と関連しているかという部分です。

速度が上がるほど「失敗したとき」の余裕は急速に小さくなる

高速運転の心理を考えるうえで重要なのが、本人の感覚と物理的な危険性は別だという点です。車が安定していて本人が余裕を感じていても、速度が上がれば1秒間に進む距離は確実に増えます。

100km/hでは1秒間に約27.8m進みますが、140km/hでは約38.9m進みます。つまり同じ1秒の認知・判断時間でも約11m余計に進みます。前方の異常を発見してアクセルからブレーキへ足を動かしている間だけでも、速度による差が生まれます。

WHO(世界保健機関)は、高い速度ほど事故が発生する可能性と事故時の重大性の双方が上昇すると説明しており、平均速度が1%上昇すると死亡事故リスクが約4%上昇するという研究知見を紹介しています。[参照:WHO「Road safety」]

つまり「自分はハンドル操作が上手だから」という能力だけでは解決できない部分があります。落下物や前方車両の急減速のように、自分以外が原因の緊急事態では、高速度そのものによって使える時間と距離が少なくなるからです。

速い車が「140km/h以上」に見えても実速度は外から正確には分からない

なお、追い越された側から相手の実速度を正確に推定することは難しい点にも注意が必要です。追い越し車が非常に速く見えるかどうかは、自車との速度差によって決まります。

例えば自車が80km/hで走っているときに120km/hの車が来れば速度差は40km/hあります。一方、自車が100km/hなら同じ120km/hの車との速度差は20km/hです。前者のほうがはるかに勢いよく抜かれたように感じます。

そのため、「おそらく140km/h」「180km/hくらいだった」と感じても、車外からの目測だけで断定はできません。ただし、実速度が何km/hであったとしても、周囲より著しく速い車がいる場合には速度差そのものが事故回避を難しくする要因になります。

高速運転をする人の心理をタイプ別に整理すると分かりやすい

ここまでの心理的要因を整理すると、高速走行をする人は一種類ではなく、複数のタイプに分けて考えるほうが現実的です。

考えられる心理 本人の感覚の例
時間短縮型 「少しでも早く着きたい」
刺激希求型 「速く走ること自体が楽しい」
自信型 「自分ならこの速度でも扱える」
慣れ型 「いつもこれくらいだから普通」
環境同調型 「周りも速いから問題ない」
競争・感情型 「抜かれたくない」「前の車が邪魔だ」
緊急事情型 「とにかく急いで到着しなければならない」

実際には、一人のドライバーが複数の要素を持っていることもあります。「元々速度が好きで、運転にも自信があり、さらに今日は遅刻しそう」という状況なら、速度を上げる動機が重なります。

逆に、普段は速度を出さない人でも、強い時間的プレッシャーや感情的な出来事をきっかけに一時的な高速走行をする可能性があります。そのため、速度超過を特定の性格だけで説明することはできません。

リスクを理解していても人は必ず安全な行動を選ぶわけではない

高速走行をしない人にとって最も理解しにくいのは、「事故の可能性が分かっているのになぜやるのか」という点かもしれません。しかし、人間のリスク行動では「危険を知っていること」と「危険を避けること」は必ずしも一致しません。

スキーやモータースポーツなどを考えても、人は一定のリスクを理解した上で刺激や達成感を求めることがあります。高速道路での速度超過は他の交通参加者を巻き込む点でそれらとは性質が異なりますが、心理的には「得られるもの」と「自分が感じる危険」を比較して行動するという構造があります。

高速走行する本人にとっては、事故の可能性をゼロだと思っている場合だけでなく、「危険はあるが、自分には起きないだろう」「この程度のリスクなら受け入れられる」と判断している場合があります。外から見たリスクと本人が感じているリスクの大きな差が、行動を理解しにくくさせているのです。

まとめ|高速道路でスピードを出す心理は「スリル」だけでは説明できない

高速道路で非常に速く走る人の心理には、単純な一つの答えはありません。時間を短縮したい、速度そのものが楽しい、自分の運転能力に自信がある、同じ速度で何度も無事だったため危険性を低く感じる、周囲の速度に合わせる、感情的になっているなど、さまざまな理由が考えられます。

研究でも、速度超過は刺激希求、主観的なリスク認知、自信、時間的利益の評価などと関連することが示されています。つまり、高速走行する本人の中では「ものすごい危険を冒している」という感覚そのものが弱い場合があります。[参照:PubMed「Sensation seeking, risky driving and behavioral adaptation」]

一方、本人が感じる安全性とは無関係に、速度が上がれば認知・判断・制動に使える時間的余裕は小さくなり、衝突時の結果も重大になります。WHOも速度上昇が事故発生と事故被害の双方を増大させる主要な要因であるとしています。[参照:WHO「Road safety」]

高速走行する人が必ず危険を知らないわけではなく、「危険の感じ方・自分の能力への評価・速度によって得られる利益」が、速度を出さない人とは異なる場合があると考えると、その心理を理解しやすくなります。ただし、それは高速走行による客観的な危険性が小さくなることを意味するものではありません。

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