JR東海はなぜイベントやコラボに積極的になった?「推し旅」拡大の理由とコロナ後の需要創出戦略を解説【2026年版】

イベント、フェス

近年のJR東海は、アニメ、アイドル、アーティスト、スポーツ、ゲームなどとのコラボ企画や、東海道新幹線の車内限定コンテンツ、貸切列車型イベントなどを相次いで展開しています。以前のJR東海に「イベントには比較的慎重」という印象を持っていた人から見ると、大きな方針転換に見えるかもしれません。実際、JR東海自身も近年の営業戦略について、従来の「ビジネス中心・マス向け・目的地ベース」から、「ビジネス以外の需要にも一層注力・多様なニーズの取り込み・移動目的そのものの創出」へ領域を広げていると説明しています。[参照]つまり単純に「イベント好きな会社へ変わった」というより、コロナ禍を経て鉄道会社の成長戦略そのものが変化し、イベントやコンテンツとのコラボを新幹線に乗る理由を生み出す営業手段として本格活用するようになった、と考えるのが実態に近いでしょう。

JR東海は昔からイベントや観光キャンペーンをしていなかったわけではない

まず前提として、JR東海が以前は一切イベントや観光施策をしなかったわけではありません。

代表例が1993年から続く「そうだ 京都、行こう。」です。JR東海は京都・奈良などへの観光需要を喚起するキャンペーンを長年展開しており、2022年からは「いざいざ奈良」、2025年からは東京方面への「#東京ゾクゾク」なども実施しています。[参照]

したがって、「観光需要を作る」という発想自体は昔からあります。変化したのは、キャンペーンの対象と手法が大幅に多様化したことです。

以前は京都・奈良など「行き先の魅力」を大規模広告で訴求する施策が目立ちましたが、現在はアニメ、VTuber、アイドル、ライブ、スポーツなど「好きなコンテンツ」を出発点として旅行を作る企画が急増しています。

大きな背景はコロナ禍でビジネス需要の前提が変わったこと

JR東海にとって東海道新幹線は、東京・名古屋・大阪という巨大経済圏を結ぶビジネス路線として極めて強い存在でした。そのため、旺盛なビジネス需要を安全・高速・高頻度で運ぶこと自体が大きな競争力でした。

しかしコロナ禍を経て、オンライン会議やリモートワークが定着しました。JR東海自身も現在の成長戦略について、単純な連絡や調整はリモート技術へ置き換わった一方、対面する価値の高いビジネス需要は今後も取り込むという認識を示しています。[参照]

つまり、以前のように「経済活動が伸びればビジネス客も自然に増える」という需要だけに依存するのではなく、鉄道会社側から新しい移動理由を作る必要性が高まったわけです。

JR東海自身が「ビジネス以外の需要にも一層注力」と明言している

この変化は単なる推測ではありません。JR東海が投資家向けに公表した資料では、需要創出策について非常に分かりやすく整理されています。

従来の取組みとして挙げられているのは、次のような特徴です。[参照]

  • ビジネスがメイン
  • マス向け施策が中心
  • 目的地ベースの発想
  • 国内顧客が中心

これに対して新しい取組みとして、JR東海は「ビジネス以外の需要にも一層注力」「多様なニーズの取り込み」「移動目的の創出」「インバウンドの重点ターゲット化」を掲げています。

近年イベントが増えたように見える最大の理由は、この経営戦略が実際のサービスとして表に出てきたためだと考えられます。

「目的地へ行く人を運ぶ」から「乗る理由を作る」へ変化した

以前の鉄道会社の典型的な観光施策では、「京都へ旅行しませんか」「奈良へ行きませんか」と目的地を宣伝し、そこへ行くために新幹線を利用してもらう方法が中心でした。

ところが現在のJR東海が強化しているのは、旅行予定がなかった人にまで新しい移動理由を作る方法です。

例えば好きなアニメの限定ボイスを東海道新幹線の車内でしか聴けない企画なら、「もともと大阪へ行く予定だった人」に乗ってもらうだけではありません。「この企画に参加したいから新幹線に乗ろう」という需要を生み出せます。

イベントそのものが目的ではなく、イベントを使って新しい鉄道利用を発生させることがポイントです。

「推し旅」がこの戦略の象徴になっている

この新しい営業手法を象徴しているのがJR東海の「推し旅」です。

「推し旅」では、アニメ、ゲーム、アイドル、アーティスト、VTuberなど多数のコンテンツと連携し、東海道新幹線の車内限定動画・ボイス、デジタルスタンプ、限定グッズ、現地イベントなどを組み合わせています。公式サイトも「好きがもっと深まる、あなただけの旅」をコンセプトにしています。[参照]

例えば2026年にも、BEYOOOOONDS、NEXZ、Neo-Porte、CANDY TUNEなど多数のコンテンツとの企画が実施されています。[参照]

以前の観光キャンペーンとは異なり、「東京へ行きたい」「京都へ行きたい」という地域軸だけでなく、「この作品が好き」「このアーティストが好き」というファンの感情そのものを旅行需要へ変換する仕組みになっています。

コンテンツ企業との連携ノウハウが蓄積され、大型企画を組みやすくなった

イベントが増えているもう一つの理由は、JR東海側にコンテンツコラボの経験が蓄積されたことです。

JR東海は2024年度の決算説明資料で、「推し旅」の施策を積み重ねた結果、よりメジャーなコンテンツホルダーへ連携先が広がっていると説明しています。さらに、蓄積したノウハウを活用して収益性を高める方針も明らかにしています。[参照]

最初から巨大IPとの大型イベントを次々実施できたわけではなく、小規模な企画を重ねながら、コンテンツ企業側にも「JR東海と組めば全国規模のプロモーションができる」という実績が認識されていったとみることができます。

その結果、ポケモン、呪術廻戦、読売巨人軍、人気アーティストなど、幅広い相手とのコラボレーションへ発展しています。

イベントは単なるファンサービスではなく、実際に収益を生み始めている

JR東海がこの分野をさらに拡大する理由として重要なのが、需要創出策が実際に売上へつながっていることです。

JR東海の2025年3月期決算説明資料では、「推し旅」や貸切車両、インバウンド施策など新しい需要創出策によって生み出した2024年度の増収効果を「百数十億円」と推計しています。[参照]

百数十億円という規模になれば、単なる広報活動ではありません。鉄道会社の営業戦略として無視できない事業になっています。

イベントを開催する→ファンが新幹線に乗る→現地へ旅行する→EXサービスや旅行商品を利用する、という流れが実際の収益につながることが分かってきたため、さらに企画を拡大する合理性が生まれています。

スマートフォンの普及で「新幹線そのもの」をイベント会場にできるようになった

技術面の変化も大きいでしょう。以前、走行中の新幹線でイベントを実施しようとすると、スタッフを乗車させたり特別な車両を用意したりする必要があり、コストも運営負担も大きくなりました。

現在の「推し旅」では、乗客自身のスマートフォンを利用し、位置情報や列車の速度などを確認して、新幹線車内でだけ限定動画やボイスを再生する仕組みが活用されています。[参照]

例えば「東海道新幹線に乗って一定速度に達したら限定コンテンツを視聴できる」という企画なら、通常運行している列車そのものを巨大なイベント空間として利用できます。

これは運行本数が非常に多い東海道新幹線との相性がよく、全国のファンを対象にしながら比較的効率良くイベントを展開できます。

EXサービスの普及で鉄道と観光コンテンツを結び付けやすくなった

もう一つ大きいのが「スマートEX」「エクスプレス予約」などデジタルサービスの存在です。

現在は新幹線の予約だけでなく、ホテル、タクシー、観光プランなどをEXサービス利用者向けに販売する仕組みがあります。「推し旅」の一部企画でも、EXサービスと観光コンテンツを組み合わせた商品が販売されています。[参照]

従来なら「広告を見て旅行会社へ行き、切符と宿を買う」という流れでしたが、現在はスマートフォンで企画を知り、そのまま新幹線や体験コンテンツを予約できます。

デジタル化によって、ニッチなファン層向け企画でも商品化しやすくなったことが、イベント数増加を後押ししていると考えられます。

「マス向け」から細かいファン層を狙う営業へ

「そうだ 京都、行こう。」のような従来型キャンペーンは、多くの人に同じ広告を見てもらう「マスマーケティング」に向いています。

一方、現在のコンテンツコラボはかなり細分化されています。アイドルファン、アニメファン、鉄道ファン、ゲームファン、VTuberファンなど、それぞれ規模は限定的でも旅行への熱量が高い層へ直接訴求できます。

JR東海自身も新たな営業施策について「多様なニーズの取り込み」を掲げています。[参照]

つまり「日本中の全員に同じ京都CMを見せる」方法だけでなく、「特定の作品が好きな数万人に強く刺さる企画を多数作る」という営業が可能になったわけです。

平日や閑散期の需要を作りやすいのもイベントの強み

鉄道会社にとって重要なのは、列車が混雑する日だけ乗客を増やすことではありません。比較的空いている時間帯や季節にも利用者を増やせれば、既存の設備を活用して効率的に収益を増やせます。

「推し旅」のような企画は開催期間を数週間から数か月設定できるため、旅行するタイミングをある程度分散させることができます。

また、ライブやスポーツのように開催場所と日時が決まっているイベントは、確実な移動需要を生み出します。こうした需要と東海道新幹線を結び付けることは、鉄道会社側にとって非常に相性の良い営業手法です。

人口減少を見据え「自然に増える利用客」だけに頼れなくなっている

さらに長期的には、日本の人口減少があります。

JR東海は統合報告書2025で、今後30年を考えるうえで「人口減少という社会課題に挑む」ことを大きなテーマとして挙げています。そのうえで、沿線地域と協力して魅力的な地域づくりや人流増加に取り組み、新たな需要を取り込む方針を示しています。[参照]

人口が増え続ける社会なら、鉄道会社は増える人を効率良く運ぶだけでも成長できます。しかし人口が減少する社会では、一人ひとりに「出かけたい」と思ってもらう機会そのものを増やす必要があります。

イベント、観光キャンペーン、コンテンツコラボは、そのための重要な手段になっています。

地域活性化もJR東海にとって長期的な利益につながる

イベントは東海道新幹線の乗車収入だけを増やすものでもありません。

アニメ作品と静岡県の地域を組み合わせたり、アーティストと名古屋・京都などの観光地を結び付けたりすれば、駅周辺の飲食店、ホテル、観光施設にも利用者が流れます。

沿線地域が魅力的になれば将来的な鉄道需要も増えるため、地域活性化とJR東海の利益は必ずしも対立しません。JR東海も沿線観光資源への送客について、鉄道の増収と地域活性化の双方の観点から重要だと説明しています。[参照]

「鉄道会社」から「移動を生み出す会社」へ営業の考え方が広がっている

こうして見ると、近年の変化は「JR東海が急にイベント好きになった」と考えるより、鉄道会社としての営業モデルが広がったと考えた方が理解しやすくなります。

以前は「東京から大阪へ行く人がいる→その人を新幹線で運ぶ」という既存需要を確実に取り込むことが非常に重要でした。

現在はそれに加えて、「好きな作品のイベントがある→新幹線に乗って会いに行く」という順番で需要そのものを作ろうとしています。

JR東海が投資家向け資料で使っている「移動目的の創出」という表現は、まさにこの変化を表しています。[参照]

まとめ:JR東海のイベント増加は「突然の方針転換」より需要創出戦略の進化と考えるのが近い

JR東海は昔から「そうだ 京都、行こう。」をはじめとする観光キャンペーンを実施していたため、イベントや集客施策そのものに消極的だった会社が突然180度方向転換した、と考えるのは少し違います。

ただし、近年になってコンテンツコラボや体験型イベントを明確に強化しているのは事実です。JR東海自身が、従来の「ビジネス中心・マス向け・目的地ベース」から、「ビジネス以外の需要」「多様なニーズ」「移動目的の創出」へ営業領域を広げる方針を示しています。[参照]

背景には、コロナ禍を経たビジネス需要の変化、人口減少への備え、スマートEXなどのデジタル化、スマートフォンを利用した車内限定コンテンツ、コンテンツ企業との協業ノウハウの蓄積などがあります。

さらに、新しい需要創出策による2024年度の増収効果をJR東海自身が「百数十億円」と推計していることからも、イベントは単なるサービスや話題作りではなく、すでに収益を伸ばすための重要な営業戦略になっていることが分かります。[参照]

つまり近年のJR東海は、「必要があるから新幹線に乗ってもらう」だけでなく、「新幹線に乗って出かけたくなる理由をJR東海自身が作る」方向へ進んでいます。「推し旅」や各種イベントが増えたように見えるのは、その経営戦略が利用者の目にもはっきり見える形になった結果だと考えられます。

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