北海道小樽市の銭函には、かつて「銭函幼稚園」と呼ばれていた幼稚園があったという記憶を持つ人がいます。1980年代から1990年代初頭ごろに通園していた人にとっては、園舎の場所や周囲の風景、お寺の敷地にあったような記憶が残っていても、現在の地図で園名を検索しても見つからず、「いつなくなったのか」「正確にはどこにあったのか」が分かりにくくなっています。
そこで、現在確認できる小樽市の資料や銭函地区の寺院所在地などを手掛かりに、旧・銭函幼稚園について分かっていること、まだ断定できないこと、当時の所在地や廃園時期を確実に調べる方法を整理します。
現在の銭函地区に「銭函幼稚園」という幼稚園は確認できない
現在の小樽市の保育施設資料を見ると、銭函地区には市立の「銭函保育所」と「認定こども園桂岡幼稚園」などがありますが、「銭函幼稚園」という名称の現役施設は掲載されていません。小樽市がまとめた保育所等の資料では、銭函保育所の事業開始は昭和28年(1953年)7月、桂岡幼稚園は昭和49年(1974年)3月とされています。[小樽市資料・参照]
また、現在の銭函保育所は小樽市銭函2丁目23番13号にあり、これは「銭函幼稚園」とは別の施設として考える必要があります。現在の施設名だけを見て、昔の銭函幼稚園が銭函保育所へ改称したと断定できる資料は確認できません。[小樽市・参照]
重要なのは、現在インターネット上で確認できる小樽市の資料だけでは、旧・銭函幼稚園の正確な廃園年月日と所在地を確定できないことです。古い施設について、検索結果がないことを理由に廃園年や跡地を推測で決めてしまうのは避けた方がよいでしょう。
「お寺の敷地にあった」という記憶には調査する価値がある
銭函駅周辺には現在も複数のお寺があります。例えば、真宗大谷派の本楽寺は小樽市銭函2丁目13番10号、浄土真宗本願寺派の光超寺は銭函2丁目6番1号に所在しています。また、龍眼寺は銭函2丁目12番3号、浄土宗の浄土寺は銭函1丁目4番7号にあります。
本楽寺については真宗大谷派北海道教区の寺院検索でも所在地が確認できます。[真宗大谷派北海道教区・参照] 光超寺についても本願寺小樽別院の寺院一覧に銭函2丁目6番1号として掲載されています。[本願寺小樽別院・参照]
ただし、これらの寺院のいずれかが銭函幼稚園を運営していた、あるいはその敷地内に園舎があったという事実までは、現在公開されているウェブ資料から確認できません。「お寺にあった」という記憶と現在のお寺の位置だけを結び付け、特定の寺院を旧所在地と断定するのは早計です。
35年ほど前の卒園なら1990年前後の資料が有力
2026年から約35年前を基準にすると、卒園時期はおおむね1990~1991年前後になります。したがって、所在地を探す場合は1980年代後半から1990年代初頭の資料を調べるのが効率的です。
特に有力なのが、当時の住宅地図と電話帳です。現在のオンライン地図では消滅した施設名が表示されませんが、当時発行された住宅地図なら、園舎の敷地に「銭函幼稚園」と記載されている可能性があります。お寺と同じ敷地だった場合には、寺院名と幼稚園名が隣接して記載されている可能性もあります。
例えば、1988年、1990年、1992年、1995年というように数年おきの住宅地図を比較すれば、「この年には存在したが、この年にはなくなっている」という形で廃園時期をかなり狭い範囲まで絞れる可能性があります。
廃園時期を確定するには「最後に載っている年」と「消えた年」を調べる
古い幼稚園の廃園時期を調査するときに有効なのが、複数年代の資料を時系列で比較する方法です。単一の資料だけでは、その年に存在していたことしか分かりません。
| 調べる資料 | 分かる可能性がある情報 |
|---|---|
| 当時の住宅地図 | 園舎の具体的な場所、隣接施設、寺院との位置関係 |
| 当時の電話帳 | 幼稚園名、電話番号、所在地 |
| 北海道の学校・幼稚園関係資料 | 設置者、認可状況、在籍状況、廃止時期 |
| 小樽市の統計・教育関係資料 | 年度ごとの幼稚園数や施設名 |
| 寺院の沿革・記録 | 寺院が幼稚園を運営していた場合の開園・閉園記録 |
| 卒園アルバム・卒園証書 | 正式名称、設置者名、園長名など |
例えば1992年版の資料には「銭函幼稚園」があり、1993年版にはないことが確認できれば、1992~1993年ごろに廃止・休園・名称変更などがあった可能性が高まります。その後、北海道や小樽市の公的記録と照合することで年月日まで確定できる場合があります。
卒園アルバムや卒園証書は意外に重要な一次資料
卒園生本人が調べる場合、最初に探したいのが卒園アルバム、卒園証書、園から配布された記念品などです。そこに正式な園名だけでなく、学校法人名・宗教法人名・園長名・住所・電話番号などが記載されていることがあります。
特に「お寺が運営していた」という記憶を確認する場合、設置者名は非常に重要です。幼稚園名と寺院名が異なっていても、卒園証書などに運営母体の名称が記載されていれば一気に手掛かりが増えます。
また、当時の集合写真に寺院の本堂、山門、鐘楼などが写り込んでいれば、現在の寺院の建物や古写真と照合する方法もあります。住所が分からなくても、写真から場所を特定できる可能性があります。
小樽市や図書館へ問い合わせるなら具体的な年代を伝える
インターネット上で確定できない地域史を調べる場合、地元の行政資料や郷土資料が重要になります。小樽市には現在も子育て支援課があり、市内の保育・幼児教育施設を所管しています。[小樽市子育て支援課・参照]
問い合わせる場合は、単に「昔、銭函幼稚園はありましたか」と聞くより、「1988~1992年ごろに小樽市銭函地区に存在した銭函幼稚園について、所在地・設置者・廃止年月日を知りたい」と具体的に伝えると、該当する資料を探しやすくなります。
さらに、図書館等で当時の小樽市住宅地図、電話帳、学校関係名簿、市史・統計資料などを確認できれば、現在の住所と旧園舎の位置を照合できる可能性があります。昔の施設の所在地を確定する目的なら、現在のGoogleマップより当時の住宅地図の方がはるかに有力な資料です。
現在分かることと分からないことを整理
現時点で確認できる公開資料からは、現在の銭函地区に「銭函幼稚園」という名称の幼稚園は確認できません。一方で、銭函には現在も本楽寺、光超寺、龍眼寺、浄土寺など複数の寺院が存在しており、「お寺の敷地に幼稚園があった」という記憶を検証できる地理的な手掛かりは残っています。
しかし、公開されているウェブ情報だけを根拠に「○○寺にあった」「○年に廃園した」と断定できるだけの一次資料は確認できませんでした。こうした地域史では、分からない部分を推測で埋めないことも情報の信頼性を保つうえで重要です。
所在地については1990年前後の住宅地図、廃園時期については年度別の幼稚園名簿や行政記録、運営母体については卒園証書や寺院側の記録を組み合わせることで、かなり高い精度で特定できると考えられます。
まとめ|旧・銭函幼稚園の場所と廃園時期は当時の住宅地図・行政記録で確認するのが確実
小樽市銭函にかつて存在したとされる「銭函幼稚園」について、現在公開されているウェブ上の公的資料だけでは、正確な所在地と廃園年月日を断定できません。現在の銭函保育所や桂岡幼稚園とは、資料上いったん別施設として考えて調査するのが安全です。
35年ほど前の卒園生であれば、まず1980年代後半~1990年代前半の住宅地図・電話帳を確認し、卒園アルバムや卒園証書に残る住所、設置者、園長名などと照合するのが近道です。お寺の敷地内だったという記憶についても、当時の住宅地図なら寺院と園舎の位置関係を直接確認できる可能性があります。
地域の思い出に関わる施設は、閉園後にウェブ上の記録がほとんど残らないことがあります。だからこそ、当時の住宅地図、行政資料、卒園資料という一次資料を組み合わせて調べることが、銭函幼稚園の歴史と跡地を正確にたどる最も確実な方法です。


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