昔の博多駅・博多口で吉野家の隣にあったラーメン屋はどこ?「マイタウンラーメン」の記憶と現在を調査

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JR博多シティへ建て替えられる前の博多駅を覚えている人の中には、駅の外側に面した飲食店の並びや、引き戸を開けて入る小さなラーメン店を懐かしく思う人もいるでしょう。特に「博多口から左、郵便局方面」「吉野家の隣」「辛い辛子・辛子高菜のような卓上調味料」という記憶から、昔の店名を探しているケースがあります。

当時の公式テナント一覧や店舗写真を現在オンラインで完全に確認することは難しいものの、複数の過去の証言とJR九州系ラーメン店の歴史を照合すると、その店は「マイタウンラーメン」であった可能性が非常に高いと考えられます。

しかもマイタウンラーメンという名前は完全に歴史から消えたわけではありません。JR九州が国鉄民営化後に展開したラーメン事業のブランドで、現在博多駅ホームにある「まるうまラーメン ぷらっと博多」へつながる系譜であることが確認できます。この記事では、昔の博多駅の記憶を手掛かりに店名と現在の状況を整理します。

吉野家の隣にあったラーメン店は「マイタウンラーメン」の可能性が高い

昔の博多駅について調べると、今回の記憶とほとんど同じ条件で店名を尋ねた記録が残っています。2013年にYahoo!知恵袋へ投稿された質問では、「昔の博多駅」「博多口より左の郵便局方面」「吉野家の横にあったラーメン屋」という条件で店名が尋ねられており、回答は「マイタウンラーメン」とされています。[参照] Yahoo!知恵袋「昔の博多駅のラーメン屋」

単独の口コミだけなら記憶違いの可能性もありますが、2025年にも約2000年ごろの博多駅にあったラーメン店を探す別の質問があり、そこでも「マイタウンラーメンではないか」という回答が複数寄せられています。そのうち一つには、店に辛子高菜があったという記憶も記されています。[参照] Yahoo!知恵袋「2000年くらいの博多駅のラーメン店」

「吉野家の横」「昔の博多駅」「辛い卓上の辛子類」という複数の記憶を合わせると、探している店がマイタウンラーメンである可能性はかなり高いといえます。ただし、当時の正式なフロアマップや営業写真まで確認できているわけではないため、100%断定ではなく、有力な特定結果として考えるのが適切です。

マイタウンラーメンとはどんな店だったのか

マイタウンラーメンは、個人経営の一店舗だけの名前ではありません。1987年の国鉄分割民営化後、JR九州が新しい事業として展開したラーメン店のブランドでした。

Impress WatchによるJR九州の駅ラーメンの歴史取材では、国鉄民営化後にJR九州が多角化を進める中、元鉄道マンらも関わって「マイタウンラーメン」が九州各地へ展開されたと説明されています。マイタウンラーメンはその後「ラーメン驛一番」へ屋号を変更し、さらに改良を重ねて現在の「まるうまラーメン ぷらっと博多」へつながったとされています。[参照] Impress Watch「なぜ博多は駅そばではなく駅ラーメンなのか」

つまり昔博多駅で食べたマイタウンラーメンは、単に消えてしまった名もなき駅前ラーメン店ではなく、現在まで続くJR九州の駅ラーメン文化の源流の一つだったことになります。

「博多口だったか筑紫口だったか」が曖昧になる理由

昔の博多駅を語る投稿を見ると、店舗が博多口側だったという記憶と、筑紫口側だったのではないかという記憶が混在しています。これは珍しいことではありません。

博多駅は非常に大きく、駅構内・駅ビル外周・デイトス・ホームなどに飲食店が多数存在してきました。さらにマイタウンラーメン自体が一店舗だけではなく複数箇所で展開されていたため、「博多駅で食べた」という記憶でも、時期や店舗が違う可能性があります。

今回特に強い手掛かりになるのは、2013年の質問にある「博多口より左、郵便局方面、吉野家の横」という具体的な記憶です。この条件に対してマイタウンラーメンという回答が残っているため、旧駅舎時代の博多口側の店舗を探している場合にも有力候補となります。

現在の博多駅と昔の博多駅では建物そのものが違う

現在の博多駅で昔の店の場所を探しても、当時と同じ店並びを見つけることはできません。現在のJR博多シティは、1963年に建設された旧駅ビルを建て替えて造られたものです。

株式会社JR博多シティの公式沿革によると、現在のJR博多シティは2011年3月3日に開業しました。また建築資料でも、1963年完成の旧駅ビルを建て替え、従来の約6倍となる約20万平方メートルまで拡張したことが記録されています。[参照] JR博多シティ「企業情報・沿革」 [参照] 新建築データ「JR博多シティ」

そのため、1990年代や2000年代前半に博多駅外側の引き戸を開けて入った店を現在の駅ビルの位置関係から探そうとしても一致しにくくなっています。昔の店の入口や外壁、隣接店舗などは駅ビル建て替えによって失われています。

旧博多駅の「吉野家があった」という記憶も不自然ではない

「ラーメン屋の隣が吉野家だった気がする」という記憶についても、同じ内容を持つ過去の投稿が残っています。前述した2013年の質問では、明確に「ちなみに吉野家の横です」と書かれています。

さらに博多駅周辺ではその後も吉野家が複数の場所で営業しており、現在も博多デイトスアネックス店と博多バスターミナル店があります。JR九州フードサービスは吉野家博多デイトスアネックス店の運営・リニューアル情報も公表しています。[参照] JR九州フードサービス「吉野家博多デイトスアネックス店リニューアルオープン」

そのため「吉野家は外側にもあった気がするし、駅の中にもあった気がする」という記憶が混ざることも十分考えられます。実際、博多駅エリアでは時期によって店舗の場所や名称が変化しています。

「ものすごく辛い辛子」は辛子高菜だった可能性がある

昔の博多ラーメン店で「辛子」と記憶されているものは、辛子高菜だった可能性があります。博多豚骨ラーメンでは辛子高菜を卓上に置く店が多く、強い辛味が特徴の店もあります。

マイタウンラーメンについて店内調味料を記録した当時の公式資料は今回確認できませんでした。しかし、2025年に昔の博多駅の同店を探した投稿では、「丼に入った辛子高菜が食べ放題だった」という記憶が紹介されています。[参照] Yahoo!知恵袋「昔の博多駅の店舗に関する記憶」

したがって、「引き戸の店で、卓上の辛子がものすごく辛かった」という記憶もマイタウンラーメン説と矛盾しません。ただし、この辛子高菜の味や辛さについては利用者の記憶に基づく情報であり、当時の公式メニューとして確認できたわけではありません。

昔のマイタウンラーメンは現在営業していない

残念ながら、「マイタウンラーメン」という屋号の博多駅店舗へ行って、当時とまったく同じラーメンを注文することは現在できません。

マイタウンラーメンは後に「ラーメン驛一番」などへ変化し、JR九州の駅ラーメン事業として現在の「まるうまラーメン」へ引き継がれました。Impress Watchの取材によれば、2003年には博多駅1・2番線ホームのうどん店を改装し、現在につながる「まるうまラーメン ぷらっと博多No.1」が誕生しています。[参照] Impress Watch「マイタウンラーメンからまるうまラーメンまでの歴史」

つまり店名も店舗も変わっていますが、事業としての系譜そのものは残っています。

現在「マイタウンラーメンの系譜」を食べるなら博多駅ホームへ

現在、JR九州フードサービスは博多駅ホームで「まるうまラーメン ぷらっと博多No.1」と「まるうまラーメン ぷらっと博多No.3」を営業しています。

公式店舗情報では、No.1は博多駅1・2番のりば、No.3は5・6番のりばにあります。[参照] JR九州フードサービス「うどん・ラーメン運営店舗」

昔のマイタウンラーメンと同じ店舗・同じレシピではありませんが、歴史的な系譜を受け継ぐラーメンを現在の博多駅で食べられる場所としては、この「まるうま」が最も近い存在といえます。

ただし「昔とまったく同じ味」を期待すると違う可能性がある

懐かしい店を探すときに注意したいのが、「後継店=当時と完全に同じ味」ではないことです。マイタウンラーメンから現在までには屋号変更だけでなく、スープ、チャーシュー、麺、店舗オペレーションなどの改良が行われています。

Impress Watchの取材でも、マイタウンラーメンからラーメン驛一番へ移行し、スープやチャーシューの手作り化、自家製麺化などを重ねたことが紹介されています。その後、駅ホームで朝から食べやすい豚骨ラーメンとして改良され、現在の形になりました。

したがって、数十年前に食べた一杯をそのまま再現する店というより、「あのラーメン事業の子孫を食べに行く」という感覚のほうが近いでしょう。

博多駅ホームの「まるうまラーメン」は現在も営業中

昔の店を調べていて、「後継店ももう閉店しているのでは」と思うかもしれませんが、2026年8月時点ではJR九州フードサービスの公式店舗一覧に博多駅の2店舗が掲載されています。

またJR九州フードサービスは2023年に、5・6番のりばの「まるうまラーメンぷらっと博多No.3」が約4年ぶりに営業再開したことを発表しており、1・2番のりばのNo.1についても営業継続を案内しています。[参照] JR九州フードサービス「博多駅ホームのラーメン店営業再開」

昔の博多駅を思い出しながら食べるなら、現在の博多駅ホームで系譜をたどってみるのも一つの楽しみ方です。

「名代ラーメン亭」と間違えないように注意

昔から博多駅周辺にあるラーメン店として「名代ラーメン亭」を思い浮かべる人もいるでしょう。名代ラーメン亭も長い歴史を持ち、博多駅地下街で現在も営業する老舗です。

ただし「博多口から左の郵便局方面」「吉野家の横」という過去の証言に一致する店名として確認できるのは、今回の調査ではマイタウンラーメンです。

昔の博多駅には複数のラーメン店が存在したため、単に「昔の博多駅で豚骨ラーメンを食べた」という情報だけでは名代ラーメン亭など別店舗の可能性もあります。隣の店、入口の形、卓上調味料といった記憶を組み合わせることが店を特定する鍵になります。

昔の店舗をさらに正確に特定するなら写真と時期が重要

さらに確実に店舗を特定するには、「何年ごろに食べたか」を絞ることが重要です。1980年代、1990年代、2000年代では博多駅の店舗構成が変わっているためです。

たとえば「1995年前後」「2000~2005年ごろ」のように年代が分かれば、当時の住宅地図、駅構内図、電話帳、新聞広告、古写真などから店舗の並びを確認できる可能性があります。

写真については福岡市の古写真資料、博多駅周辺の地域史資料、図書館の郷土資料などが有力です。インターネットで見つからない店舗でも、紙の住宅地図や電話帳には店名が残っていることがあります。

博多駅そのものが大きく変わったため「場所の記憶」がずれることもある

現在の博多駅は旧駅ビル時代とは外観も動線も大きく異なります。JR博多シティは2011年の開業で大規模化し、商業施設やコンコースの構成も全面的に変わりました。

そのため、昔は「駅を出てすぐ外に面した店」と感じていた場所が、現在の感覚ではどの位置だったのか分かりにくくなっています。さらに博多口側と筑紫口側を日常的に行き来していた人ほど、数十年後には記憶が混ざることがあります。

こうした記憶のずれがあっても、「吉野家の隣」「引き戸」「辛い辛子高菜」という具体的な特徴が残っているなら、店を探す材料として非常に有力です。

マイタウンラーメンの歴史を整理すると分かりやすい

時期・名称 概要
1987年以降 国鉄民営化後、JR九州が「マイタウンラーメン」を展開
その後 「ラーメン驛一番」へ屋号変更し、味や製造方法を改良
2003年 博多駅1・2番線ホームに現在につながる店舗が誕生
現在 「まるうまラーメン ぷらっと博多」として博多駅ホームで営業

この流れは、JR九州の駅ラーメン事業について取材したImpress Watchの記事で紹介されています。[参照] Impress Watch「JR九州の駅ラーメンの歴史」

「マイタウンラーメン」という名前ではもう食べられなくても、その流れを受け継ぐ店が同じ博多駅に残っているというのは、昔を知る人には興味深いポイントです。

まとめ:吉野家の横にあった昔の博多駅ラーメン店は「マイタウンラーメン」が最有力

旧博多駅で「外に面した店」「吉野家の隣」「手動の引き戸」「非常に辛い辛子・辛子高菜があった」という記憶から店を探す場合、最も有力なのは「マイタウンラーメン」です。

特に2013年には、「博多口より左、郵便局方面にあり、吉野家の横だった」というほぼ同じ条件の質問に対し、マイタウンラーメンだったという回答が残っています。さらに別の昔の博多駅に関する質問でもマイタウンラーメンの名前と辛子高菜の記憶が出ているため、複数の証言が一致しています。

したがって、「昔の博多駅で吉野家の横にあった、辛い辛子高菜の記憶が残るラーメン屋」を探しているなら、マイタウンラーメンだった可能性はかなり高いでしょう。

残念ながら旧駅舎の店舗そのものは残っていません。1963年完成の旧博多駅ビルは建て替えられ、2011年に現在のJR博多シティが開業したため、当時の店並びも失われています。

ただしマイタウンラーメンの歴史は、後の「ラーメン驛一番」を経て、現在のJR九州フードサービスが運営する「まるうまラーメン ぷらっと博多」へつながっています。昔とまったく同じ味とはいえませんが、現在も博多駅1・2番のりばと5・6番のりばで、その系譜にあたる豚骨ラーメンを食べることができます。[参照] JR九州フードサービス「まるうまラーメン」

※本記事は2026年8月時点で確認できるJR博多シティ、JR九州フードサービス、報道資料および過去の利用者による記録を照合して作成しています。旧博多駅外周の当時の公式テナント配置図をオンライン上で確認できなかったため、旧店舗の正確な位置や卓上調味料については利用者の記憶を含みます。「マイタウンラーメン」という特定は非常に有力ですが、営業年代によって店舗配置が異なる可能性があります。

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