115系「国鉄色・湘南色」の3両編成はどこで走った?高崎・長野・新潟・岡山など運用地域を整理

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国鉄115系というと、オレンジと緑の「湘南色」をまとった姿を思い浮かべる人も多いでしょう。115系は1963年に登場した直流近郊形電車で、勾配区間や寒冷地での運用を考慮した設計から、東日本から西日本まで広い地域で活躍しました。

その中でも興味深いのが3両編成の115系です。高崎地区の両毛線・上越線・吾妻線だけでなく、長野、新潟、岡山などでも3両編成が見られました。ただし、時代や地域によって編成両数や塗装が変化しているため、「115系が走っていた地域」と「湘南色の3両編成が走っていた地域」は分けて考える必要があります。

この記事では、国鉄時代からJR移行後までを視野に入れ、115系の湘南色3両編成が見られた主な地域と、その運用の特徴を整理します。

115系の「国鉄色」は一般に湘南色を指すことが多い

115系には時代や所属地区によってさまざまな塗装が存在しますが、代表的なのが緑とオレンジの湘南色です。もともと湘南色は東海道本線などの車両で使われた伝統的な配色で、115系にも採用されました。

115系は1963年から製造され、東北本線、高崎線、上越線、信越本線、中央本線、山陽本線など、本州の直流電化区間を中心に広く投入されました。したがって、湘南色の115系そのものは特定のローカル線だけの車両ではありません。

一方、「湘南色」「115系」「3両編成」という3条件をそろえると、見られた地域はある程度絞られます。また、同じ地域でも4両・5両・6両など別の編成が存在した時期があります。

高崎地区では3両編成が両毛線・上越線・吾妻線などで活躍

115系3両編成を語るうえで代表的なのが高崎地区です。高崎地区の115系は高崎線だけでなく、両毛線、上越線、吾妻線、信越本線などで長年使用されました。

特にローカル輸送では3両編成が使いやすく、需要に応じて複数編成を連結して運転できることも115系の特徴でした。短距離の普通列車では3両、需要の多い列車では3両編成を組み合わせる、といった柔軟な運用が可能だったわけです。

さらに115系は定期普通列車だけに閉じた存在ではありません。車両運用の都合や臨時列車、団体列車などによって、普段とは異なる線区へ入ることもありました。そのため、古い写真や運転記録を調べると「こんな場所にも115系3両編成が来ていたのか」という事例が見つかることがあります。

長野・中央東線方面にも115系3両編成が存在した

高崎地区以外で重要なのが長野・松本地区です。115系は中央東線、篠ノ井線、信越本線などでも長期間使用され、3両編成も存在しました。

例えば、後にしなの鉄道へ渡った115系の中にも、国鉄時代に松本運転所へ新製配置され、3両編成として篠ノ井線や信越本線などで運用された車両があります。つまり、湘南色3両編成は高崎地区特有のスタイルではありません。

JR東日本も2015年、湘南色の115系3両編成を使用した快速列車を長野地区で運転しています。長野・松本周辺は、湘南色115系3両編成の歴史を考えるうえで外せない地域といえます。[参照]

新潟地区でも115系は3両編成を基本に運用された

もう一つ忘れてはいけないのが新潟地区です。新潟地区では115系が長期間にわたり普通列車の主力として活躍しました。

新潟地区の115系は3両・6両を基本とした時代があり、その後、編成組み替えなどによって2両・4両・5両といった編成も登場しました。当初は関東地区と同様の湘南色でしたが、国鉄末期以降には新潟地区独自の塗装が登場しています。

このため「新潟の115系=新潟色」という印象が強い人もいますが、歴史をさかのぼれば湘南色との関係は深い地域です。JR時代には過去の塗装を再現した復刻カラーも登場しており、湘南色の3両編成も運転されました。

岡山地区では湘南色の3両編成が長く残った

西日本で特に有名なのが岡山地区です。岡山地区では115系3両編成が多数使用され、山陽本線だけでなく伯備線、赤穂線などにも運用範囲を広げていました。

JR西日本の公式発表でも、115系300番台の3両編成2本が湘南色で運行されていたことが確認できます。この2編成は利用者からの要望などを受け、一色塗装化されず湘南色で再塗装されました。運行路線として山陽線、赤穂線、伯備線が明記されています。[参照]

したがって伯備線で湘南色115系3両編成が見られたという認識は妥当です。ただし「伯備線だけの115系」ではなく、岡山地区の115系が複数の路線をまたいで運用されていたと理解したほうが実態に近いでしょう。

飯田線にも115系の運用歴はあるが、時代と編成を区別したい

115系には飯田線での運用歴もあります。ただし飯田線では119系など地域を代表する別形式も長く使用されており、115系について語る場合は、所属・年代・編成・塗装を確認することが重要です。

特に鉄道車両の運用史では「その形式がその路線を走ったことがある」という事実と、「その塗装・その両数の編成が日常的に走っていた」という事実は同じではありません。

例えば、115系が運用されたという記録だけでは、それが湘南色だったのか、3両だったのか、定期列車だったのか臨時運用だったのかまでは判断できません。古い写真を調べる場合には撮影年月、車両番号、所属区、編成表まで確認すると、より正確に当時の姿を追うことができます。

115系3両編成が各地に存在した理由

115系3両編成が地方線区で使われた背景には、輸送量への対応のしやすさがあります。115系では制御電動車を含む編成を構成できるため、比較的短い編成で運転することが可能でした。

例えば昼間のローカル輸送では3両で運転し、通勤・通学時間帯など利用者が多い列車では編成を増結するという使い方ができます。これは高崎、長野、岡山など、都市間輸送と地方輸送の両方を担う地域で便利でした。

115系自体が勾配線区や寒冷地を意識して開発されたこともあり、山間部を抱える上越線、吾妻線、中央本線、信越本線、伯備線などとの相性がよかったことも、広範囲で使用された理由の一つです。

「珍しい場所で走った115系」は臨時運用も確認する

115系の歴史を調べる面白さの一つが、通常の運用区間を越えて走った記録です。国鉄時代には現在より車両運用の範囲が複雑で、臨時列車、団体列車、回送、代走などによって通常とは違う線区へ入線することがありました。

そのため「普段は両毛線や上越線を走る編成が別線区に入った」「通常とは異なる短編成で運転された」といった写真が残っていても、それだけでその路線の通常運用だったとは限りません。

こうした記録を検証するときは、当時の時刻表、鉄道雑誌、所属車両の編成表、撮影日が明確な写真などを組み合わせるのが有効です。特に国鉄末期は車両配置や運用が変化した時期なので、年度単位で調べると実態が見えやすくなります。

まとめ:115系の湘南色3両編成は高崎・伯備線だけではない

115系の湘南色3両編成は、高崎地区の両毛線・上越線・吾妻線や、岡山地区の伯備線などが代表例ですが、それだけに限定されるものではありません。長野・松本地区にも3両編成が存在し、新潟地区でも3両編成を基本とした115系が長期間活躍しました。

特に岡山地区では115系300番台の湘南色3両編成がJR時代まで残り、山陽本線・赤穂線・伯備線などで運転されました。一方で各地域では途中から独自色への塗装変更も進んだため、「115系3両編成が存在した地域」と「湘南色3両編成が存在した時期」は必ずしも一致しません。

115系は全国的に配置された形式だけに、その運用史は非常に複雑です。高崎地区、長野・松本地区、新潟地区、岡山地区などを中心に、年代・所属区・編成両数・塗装をセットで調べると、国鉄時代の115系3両編成がどれほど多彩な使われ方をしていたのかが見えてきます。

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