日本について「スパイ天国」と表現されることがありますが、この言葉だけから「外国のスパイが自由に活動している国」と単純化するのは適切ではありません。一方、日本政府の公表資料を見ると、外国による情報収集や技術獲得、サイバー攻撃への警戒が現実に行われていることも分かります。特に狙われる可能性があるのは、映画のような国家機密だけではありません。防衛・外交に関する情報、企業の先端技術、大学・研究機関の研究成果、重要インフラ、サイバー空間上の情報など、経済と安全保障の両方に価値を持つ情報が重要な対象になります。また「日本で最もスパイ活動が多い国」を正確な人数順で示す公的統計は確認できないため、国別ランキングを断定することにも注意が必要です。この記事では、警察庁、公安調査庁、防衛省などの公表情報を中心に、日本では何が狙われているのか、どの国について警戒情報が示されているのかを整理します。
- そもそも「スパイ天国」とは何を意味する言葉なのか
- 外国は日本の「何の情報」を欲しがるのか
- 狙われやすい情報を具体的に整理すると
- なぜ日本企業や大学の技術が狙われるのか
- スパイ活動は「機密書類を盗む」だけではない
- 普通のビジネスや共同研究から情報が流出することもある
- 日本でスパイ活動をしている国はどこなのか
- 中国について日本政府はどのように説明している?
- ロシアについては情報機関による活動が警戒されている
- 北朝鮮は日本を情報収集の標的の一つとしているとの指摘
- 中国・ロシア・北朝鮮のうち「どこが一番多い」とは言えない
- 現代では「人間のスパイ」よりサイバー攻撃が目立つこともある
- 情報収集と「影響工作」は少し違う
- 「外国人だから怪しい」という考え方は間違い
- 日本側も技術流出対策を強化している
- 一般の人にも関係する問題なのか
- まとめ:狙われるのは防衛機密だけではなく日本の技術・研究・データも重要
そもそも「スパイ天国」とは何を意味する言葉なのか
「スパイ天国」は法律上の正式な用語でも、日本政府が日本の状態を分類するために使用している公式なランクでもありません。そのため「日本=スパイ天国」という表現自体を客観的な統計データのように扱うことは避ける必要があります。
また、現代の情報収集活動は、外国の情報機関員が秘密文書を盗み出すような典型的なイメージだけではありません。警察庁は技術流出のリスクについて、サイバー攻撃、スパイ工作、経済・学術活動を通じた技術流出という大きく3つのパターンを紹介しています。[参照:警察庁・技術流出の防止に向けて]
例えば企業への不正アクセスだけでなく、人を通じた情報獲得、外国企業との取引、合弁、企業買収、共同研究など、通常の経済・学術活動と接する場面にも情報流出リスクが存在すると警察庁は説明しています。ただし、当然ながら外国人との交流や国際共同研究そのものがスパイ活動という意味ではありません。正当な国際交流と不正な情報獲得は明確に分けて考える必要があります。
外国は日本の「何の情報」を欲しがるのか
外国による情報収集の対象を考えるとき、まず思い浮かぶのが政府・防衛関係の機密情報です。外交政策、安全保障政策、自衛隊の能力や運用、防衛装備、通信などは、他国が安全保障上の判断をするうえで価値の高い情報になり得ます。
しかし現在、特に重要性が増しているのが民間企業や大学が保有する先端技術です。警察庁は、日本には規模を問わず最先端技術を持つ企業やアカデミアが多数存在し、それらの技術を自国産業の強化や軍事技術への転用のため入手しようとする外国から狙われる可能性があると説明しています。[参照:警察庁・経済安全保障]
つまり「日本には国家機密なんてそれほどないから、外国が盗むものもない」という考え方は実態と合いません。民間企業の研究開発データであっても、それが次世代産業や軍事転用可能な技術なら国家レベルの価値を持つことがあります。
狙われやすい情報を具体的に整理すると
外国が関心を持ち得る情報は非常に幅広く、一つの分野だけではありません。公的機関の資料を踏まえると、おおむね次のように整理できます。
| 分野 | 価値を持ち得る情報の例 |
|---|---|
| 安全保障・防衛 | 防衛装備、部隊運用、通信、研究開発、関連企業の技術 |
| 外交・政策 | 外交方針、政府内部の検討、国際交渉に関係する情報 |
| 先端技術 | 半導体、AI、量子、ロボット、材料、通信などの研究成果 |
| 製造業 | 設計図、製造ノウハウ、工程、営業秘密、試作品 |
| 大学・研究機関 | 未公表の研究データ、軍民両用になり得る技術 |
| 重要インフラ | 電力、通信、交通などのネットワーク・システム関連情報 |
| サイバー | 認証情報、内部ネットワーク情報、機密ファイル、ソースコードなど |
ここで重要なのは、一見すると軍事と無関係に見える技術にも「デュアルユース(軍民両用)」のものがあることです。高性能な材料、センサー、通信、精密加工などは民生品に使える一方、軍事用途へ応用できる場合があります。
なぜ日本企業や大学の技術が狙われるのか
警察庁は、日本が世界的なシェアを持つ独自の先端技術や、独創的な研究によって生み出された高性能製品を多数保有していることを、技術流出対策の背景として説明しています。[参照:警察庁・技術情報等の流出防止に向けて]
技術をゼロから研究開発するには、多額の費用と長い年月が必要です。ところが他者が完成させた設計、研究データ、製造ノウハウを不正に入手できれば、その時間を大幅に短縮できる可能性があります。
さらに軍民両用技術の場合、単なる企業間競争の問題ではなく安全保障問題にもなります。そのため現在の日本では、情報保全は防衛機関だけの課題ではなく、メーカー、IT企業、大学、研究所などにも関係する「経済安全保障」の問題として扱われています。
スパイ活動は「機密書類を盗む」だけではない
昔ながらのスパイ像では、工作員が政府施設へ潜入して秘密書類を盗み出す場面が想像されがちです。しかし現代の情報獲得手段はもっと多様です。
警察庁が挙げている代表例の一つがサイバー攻撃です。標的型メールやネットワーク機器の脆弱性などを利用し、組織内部へ侵入して情報を窃取する手法があります。2026年公開の警察庁の技術流出防止資料でも、国内の組織、事業者、個人を標的とした「MirrorFace」と呼ばれるサイバー攻撃グループによる情報窃取目的の活動が紹介されています。[参照:警察庁・技術流出防止パンフレット2026]
もう一つが人への接近です。企業の技術者や研究者などと関係を築き、情報提供を求めるという方法があります。そのため重要なのは「外国人と接触しない」という発想ではなく、所属組織の機密情報を誰にどこまで提供できるのかを明確に管理することです。
普通のビジネスや共同研究から情報が流出することもある
さらに判断が難しいのが、合法的な経済・学術活動と情報保全の境界です。警察庁は外国企業との合弁、企業買収、共同研究などについて、適切な活動であっても意図・予測していなかった技術流出につながるリスクがあるとしています。
例えば日本企業と外国企業が共同開発をするとき、必要以上の技術資料まで共有してしまえば、契約上予定していなかったノウハウが相手側へ渡る可能性があります。大学でも、共同研究や研究者同士の交流自体は科学の発展に不可欠ですが、未公開データや輸出管理対象技術などについては適切な管理が必要になります。
公安調査庁も、企業や大学などが保有する技術・データ・製品を標的とする懸念動向について情報収集・分析を行っていると説明しています。[参照:公安調査庁・経済安全保障に関する取組]
日本でスパイ活動をしている国はどこなのか
この疑問について最も注意しなければならないのは、「日本国内に現在何人のスパイがいて、国籍別に中国○人、ロシア○人、北朝鮮○人」という信頼できる公的統計は公表されていないことです。
そもそも秘密裏に行われる活動なので、発覚していない人物を含めた正確な人数を集計することは原理的にも困難です。そのため「日本でスパイが一番多い国は○○」と人数ランキングのように断定する情報には慎重になる必要があります。
一方、日本政府の安全保障・公安関係資料で繰り返し名前が登場する国はあります。代表的なのが中国、ロシア、北朝鮮です。ただし、それぞれ活動の目的や手法は同一ではありません。
中国について日本政府はどのように説明している?
警察庁は技術情報流出に関する資料の中で、中国について、日本国内の先端技術保有企業、防衛関連企業、研究機関などに研究者、技術者、留学生などを派遣するなどし、多様な手段で各種情報収集活動を行っていると説明しています。[参照:警察庁・技術情報等の流出防止に向けて]
また、防衛省の2025年版防衛白書では、中国がネットワークに対するサイバー作戦能力を強化しているとみられることや、宇宙・サイバー・電磁波領域で能力向上を進めていることが説明されています。[参照:防衛省・令和7年版防衛白書]
ただし、ここから「日本に住んでいる中国人や中国人留学生はスパイだ」と一般化することは明確に誤りです。政府資料が問題にしているのは特定の情報収集活動や技術流出リスクであって、国籍だけを根拠に個人を疑うことではありません。
ロシアについては情報機関による活動が警戒されている
警察庁はロシアについて、日本の先端技術に高い関心を持ち、情報機関員による違法な情報収集活動を行っているとみられる旨を公表資料で説明しています。[参照:警察庁]
さらに防衛省の2025年版防衛白書では、ロシアについて軍参謀本部情報総局(GRU)、連邦保安庁(FSB)、対外情報庁(SVR)がサイバー攻撃に関与しているとの指摘を紹介しています。ロシアがスパイ活動、影響力行使、サイバー攻撃などに関する能力を向上させているとの分析も掲載されています。[参照:防衛省・サイバー空間における脅威の動向]
日本にとってロシアは地理的にも隣国です。防衛白書では、ロシアが極東地域や日本周辺で軍事活動を継続していることについても安全保障上の強い懸念が示されています。
北朝鮮は日本を情報収集の標的の一つとしているとの指摘
北朝鮮についても、日本政府は強い警戒を示しています。防衛省の2025年版防衛白書では、北朝鮮には複数の情報・対外情報機関が存在し、情報収集の主な標的として韓国、米国、日本が挙げられているとの指摘を紹介しています。[参照:防衛省・令和7年版防衛白書]
北朝鮮の場合、情報収集だけでなくサイバー活動による外貨獲得も大きな問題になっています。防衛白書では、北朝鮮がサイバー部隊を増強しているとの指摘や、暗号資産関連企業などへの攻撃を外貨獲得に利用しているとみられることが紹介されています。
さらに2026年7月31日には、警察庁、国家サイバー統括室、外務省、財務省、経済産業省が、米国・韓国などの関係機関とともに北朝鮮IT労働者に関する注意喚起を公表しています。[参照:警察庁・北朝鮮IT労働者に関する注意喚起]
中国・ロシア・北朝鮮のうち「どこが一番多い」とは言えない
政府資料に中国、ロシア、北朝鮮が頻繁に登場するからといって、これをそのまま人数ランキングにすることはできません。
例えば中国については企業・大学などからの技術流出やサイバー活動、ロシアについては情報機関による活動やサイバー攻撃、北朝鮮については情報収集に加えてサイバー攻撃やIT労働者を利用した外貨獲得など、それぞれ異なる問題が指摘されています。
また、国家が関与するサイバー攻撃では攻撃元を偽装したり、複数国のサーバーを経由したりすることもあり、攻撃主体の特定そのものが容易ではありません。防衛省もサイバー攻撃について、攻撃主体の特定や被害把握が容易ではないという特徴を説明しています。[参照:防衛省・サイバー空間と安全保障]
現代では「人間のスパイ」よりサイバー攻撃が目立つこともある
現代の情報窃取を理解するうえで、サイバー空間は外せません。防衛省によると、外国の政府機関や軍だけでなく、民間企業や学術機関に対するサイバー攻撃も多発しており、重要技術、機密情報、個人情報などが標的になっています。[参照:防衛省・令和7年版防衛白書]
攻撃側から考えると、遠隔地からネットワークへ侵入できれば、対象国へ多数の工作員を送り込まなくても大量のデータを取得できる可能性があります。そのため情報機関による人的情報収集とサイバー活動は、別々の問題というより併用され得る情報収集手段として考える必要があります。
企業側でも「うちには国家機密などない」と考えるのは危険です。設計データ、製造技術、研究成果などが国家の産業政策や軍事技術に利用できる場合、一般企業が国家レベルの情報活動の標的になる可能性があります。
情報収集と「影響工作」は少し違う
安全保障の世界では、秘密情報を取得することだけでなく、相手国の世論や意思決定へ影響を与える活動も問題になります。
防衛省は、SNSやインフルエンサーなどを利用した偽情報の流布、政府への信頼低下や社会の分断を狙った情報拡散などによる「情報戦」への懸念が高まっていると説明しています。また中国やロシアについて、国内外で情報戦を行い、自国にとって好ましい情報環境の構築を目指しているとの分析を紹介しています。[参照:防衛省・情報関連技術の広まりと情報戦]
これは企業秘密を盗む産業スパイとは目的が異なります。情報を「盗む」活動だけでなく、情報を「流す・操作する」活動も現代の安全保障では重要なテーマになっています。
「外国人だから怪しい」という考え方は間違い
外国による情報活動について知ると、外国籍の研究者、留学生、企業関係者などを警戒すべきだと考えてしまう場合があります。しかし国籍だけで個人をスパイ扱いすることに根拠はありません。
日本の大学・企業にとって国際共同研究や外国企業との取引、人材交流は重要です。警察庁自身も、研究機関における対策について、外部との交流を「遮断」するのではなく、リスクを認識したうえで対応することが重要だと説明しています。[参照:警察庁・技術流出の防止に向けて]
見るべきなのは国籍ではなく行動です。本来必要のない機密情報を繰り返し要求する、私物端末へのデータ移動を求める、秘密保持ルールを回避しようとするなど、情報管理上不自然な行動を組織として適切に検知することが重要です。
日本側も技術流出対策を強化している
「日本はスパイ対策を何もしていない」という理解も正確ではありません。警察庁は経済安全保障上の技術流出を防止するため、企業や大学などに具体的な手口や対策を伝えるアウトリーチ活動を行っています。
公安調査庁も、企業・大学が保有する技術、データ、製品を標的とした懸念動向や、経済活動を通じた影響力行使について情報を収集・分析し、政府や関係機関へ提供しています。2026年4月に更新された経済安全保障特集ページでも、官民連携を進めながら重要技術・データ・製品の流出を未然に防ぐ重要性を説明しています。[参照:公安調査庁・経済安全保障特集ページ]
したがって「スパイ天国」という刺激的な言葉だけで日本の対策能力を評価するより、実際にどのような脅威があり、政府や企業・大学がどのような情報保全を進めているかを見る方が実態を理解しやすくなります。
一般の人にも関係する問題なのか
国家間のスパイ活動というと一般の生活とは遠い話に感じますが、サイバー攻撃という形では身近なところまでつながっています。企業や組織のアカウント情報が盗まれれば、それを足掛かりとして内部ネットワークへ侵入される可能性があります。
特に企業や大学で機密情報を扱う人は、標的型メール、SNS上の不審な接触、外部へのファイル送信などに注意する必要があります。仕事上の情報を個人のクラウドや私物端末へ安易に移さないことも基本的な対策です。
一方、一般市民が街中で外国人を見て「スパイかもしれない」と疑うような対応は必要ありません。不審な情報要求やサイバー攻撃など具体的な兆候がある場合に、所属組織のセキュリティ担当者や必要に応じて警察などへ相談するのが適切です。
まとめ:狙われるのは防衛機密だけではなく日本の技術・研究・データも重要
日本が「スパイ天国」と呼ばれることはありますが、この言葉は公的な評価基準ではなく、それだけで日本の情報保全状況を説明することはできません。一方、警察庁、公安調査庁、防衛省などの資料からは、外国による情報収集、技術獲得、サイバー攻撃への対策が現実の安全保障課題になっていることが確認できます。
狙われ得る情報は、防衛・外交上の機密だけではありません。日本企業の先端技術、製造ノウハウ、大学の研究成果、重要インフラに関する情報、サイバー空間上の機密データなども重要な対象です。日本の技術には産業競争力を左右するものだけでなく、軍事転用可能なものもあるため、経済安全保障という観点から保護が進められています。
国については、日本政府の安全保障関連資料で特に中国、ロシア、北朝鮮に関する情報収集・サイバー活動などへの警戒が示されています。しかし「日本国内のスパイ人数」を国別に正確に集計した公的統計はなく、「1位は中国、2位はロシア」のようなランキングを断定することはできません。
また、中国人、ロシア人、北朝鮮にルーツを持つ人などを国籍・出身だけで疑うのも適切ではありません。安全保障上問題になるのは特定の国家機関やそれと関連する主体による活動であり、一般の外国人や留学生、研究者、企業関係者を一括して扱うべきではありません。
現代の情報戦を理解するうえで最も重要なのは、「スパイ=トレンチコート姿の工作員」という古いイメージから離れることです。サイバー攻撃、人を介した接近、企業活動、共同研究など情報取得の経路は多様化しています。だからこそ、外国との交流を閉ざすのではなく、価値の高い情報が何なのかを把握し、必要な人だけが必要な範囲でアクセスできるよう適切に管理することが、現在の日本に求められる現実的な対策といえるでしょう。

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