日本の捕鯨は、国際捕鯨委員会(IWC)の会議や国際政治のニュースでは長年議論されてきたテーマです。そのため、IWCで日本の「鯨類資源の持続的利用」に近い立場を取ってきたアフリカ諸国があることから、「アフリカでは日本の捕鯨が広く知られているのでは」と考えることがあります。
しかし、政府が国際会議で捕鯨政策について立場を表明していることと、その国の一般市民が日本の捕鯨について詳しく知っていることは全く別の話です。IWCの議論は各国政府の外交・水産・環境政策に関わる専門的なテーマであり、日常生活の中で一般の人が必ず接する情報ではありません。
また「アフリカ」といっても50以上の国があり、言語、文化、海との距離、漁業との関わり、ニュースで扱われる国際問題などは大きく異なります。この記事では、日本の捕鯨とアフリカ諸国の関係、IWC加盟国であることの意味、そして政府の立場と一般人の知識が一致しない理由を整理します。
- 日本は現在も商業捕鯨を行っている
- IWCに加盟しているからといって、その国が捕鯨しているわけではない
- 「トーゴはIWC加盟国」と「トーゴが商業捕鯨している」は別
- 「捕鯨賛成国」という言葉にも注意が必要
- 政府の外交政策を一般市民が知らないのは珍しくない
- アフリカは一つの文化圏ではない
- 日本の捕鯨はアフリカの日常ニュースとは限らない
- 「日本=捕鯨」のイメージが強い国と弱い国がある
- IWCの議論は「日本対世界」ではない
- アフリカ諸国がIWCへ加盟する理由も捕鯨だけではない
- 外交上「持続的利用」を支持しても鯨肉を食べる文化があるとは限らない
- 一人のアフリカ出身者の知識から大陸全体は判断できない
- 日本人でも日本の捕鯨事情を詳しく知らない人はいる
- 日本の現在の捕鯨を簡単に整理
- 「有名な政策」と「有名な国民文化」は違う
- 「捕鯨賛成国が多い=住民も賛成」という推測もできない
- アフリカと日本の捕鯨問題を見るときの整理方法
- まとめ:アフリカのIWC加盟国と一般市民の認知度は別の問題
日本は現在も商業捕鯨を行っている
まず前提として、日本では現在も商業捕鯨が行われています。日本は2019年6月30日に国際捕鯨取締条約から脱退し、翌7月から商業捕鯨を再開しました。
水産庁によると、現在の商業捕鯨は日本の領海および排他的経済水域(EEZ)の範囲内で実施されています。大型鯨類についてはミンククジラ、ニタリクジラ、イワシクジラに加え、2024年にはナガスクジラも捕獲対象に追加されました。
したがって「日本が現在も捕鯨をしている」という認識自体は正しいものです。ただし、それが世界中で広く知られているニュースかというと、国や世代、関心分野によって大きな差があります。
[参照] 水産庁「Japan’s continued cooperation with the IWC after its withdrawal from the ICRW」
IWCに加盟しているからといって、その国が捕鯨しているわけではない
国際捕鯨委員会(IWC)には世界各地の国が加盟しています。2026年現在の加盟国一覧には、ベナン、ガボン、ガーナ、ギニア、ギニアビサウ、ケニア、タンザニア、トーゴなど、複数のアフリカ諸国も含まれています。
ただし、IWC加盟国であることは、その国自身が商業捕鯨をしていることを意味しません。IWCは捕鯨だけでなく、鯨類の保全、混獲、船舶との衝突、海洋騒音、ホエールウォッチングなど幅広い問題を扱う国際機関だからです。
たとえばクジラを商業的に捕獲していない国でも、海域に回遊してくる鯨類の保護や、漁業での混獲、観光資源としてのホエールウォッチングなどに関心があればIWCへ参加する意味があります。
[参照] International Whaling Commission「Membership」
「トーゴはIWC加盟国」と「トーゴが商業捕鯨している」は別
トーゴ共和国は2005年にIWCへ加盟しており、現在もIWCの加盟国一覧に掲載されています。しかし、IWC加盟国だからといってトーゴ自身が日本やノルウェーのような商業捕鯨国である、ということにはなりません。
IWCが説明する現在の捕鯨制度では、大きく商業捕鯨、先住民生存捕鯨、特別許可による捕鯨などが区別されています。IWC公式の現行制度から、トーゴが代表的な商業捕鯨国として操業していることを示す情報は確認できません。
そのため「トーゴは捕鯨賛成国だから、トーゴで日常的に捕鯨が行われていて一般市民にも有名」と考えると、国際会議での政策上の立場と国内の実生活を混同してしまう可能性があります。
[参照] International Whaling Commission「Whaling」
「捕鯨賛成国」という言葉にも注意が必要
IWCでは長年、商業捕鯨の再開や鯨類資源の持続的利用を重視する国と、商業捕鯨の停止や保護政策を重視する国との間で意見の違いがありました。
過去のIWC会議では、日本と同じ投票行動を取ったアフリカ諸国もあります。たとえば2011年のIWC会議では、カメルーン、コートジボワール、ガンビア、モーリタニア、ギニアビサウ、ガーナ、トーゴなどが日本などとともに会議場を退席した記録があります。
しかし、国際会議で特定の決議に賛成・反対したことをもって、その国の人々全員を「捕鯨賛成」と表現するのは正確ではありません。これは日本についても同じで、日本政府が商業捕鯨を認めていても、日本人全員が捕鯨政策について同じ意見を持っているわけではありません。
政府の外交政策を一般市民が知らないのは珍しくない
ある国が国際機関でどのような投票をしているかは、通常、その国の外交官、政府関係者、研究者、環境団体などには重要な情報ですが、一般市民が日常的に追いかけるテーマとは限りません。
日本に置き換えると分かりやすいでしょう。日本は国連や国際機関で毎年多数の決議に投票していますが、「日本政府が昨年この国際機関のこの決議へどう投票したか」を一般の日本人全員が知っているわけではありません。
同じように、あるアフリカの国がIWCで日本に近い立場を取っていたとしても、その国で暮らす一般の若者が「日本は2019年にIWCを脱退して商業捕鯨を再開した」と知っている必要はありません。
アフリカは一つの文化圏ではない
「アフリカでは有名なのか」という疑問を考えるときに重要なのが、アフリカを一つの社会として扱わないことです。
アフリカ大陸には50を超える国があり、北アフリカ、西アフリカ、東アフリカ、中央アフリカ、南部アフリカでは歴史や言語、経済、産業、食文化が大きく異なります。内陸国もあれば、長大な海岸線を持つ国もあります。
たとえば海から何百kmも離れた内陸地域で育った人と、大西洋岸の漁村で育った人では、クジラや海洋漁業への関心が違っていても不思議ではありません。「アフリカ出身なら捕鯨を知っている」という前提そのものが成立しにくいのです。
日本の捕鯨はアフリカの日常ニュースとは限らない
日本では、日本政府のIWC脱退や商業捕鯨再開が国内ニュースとして大きく報道されました。しかし海外で同じニュースが同じ規模で扱われるとは限りません。
外国のニュースメディアは、自国の政治、物価、雇用、治安、災害、スポーツなど、その国の人々に身近なテーマを優先して報道する傾向があります。日本の捕鯨政策は国際ニュースとして取り上げられることがあっても、それを見なかった人が多数いても不思議ではありません。
特に2019年の日本の商業捕鯨再開をニュースで見ていない若い世代であれば、日本が捕鯨国だということ自体を初めて聞くケースも十分考えられます。
「日本=捕鯨」のイメージが強い国と弱い国がある
日本の捕鯨について比較的報道量が多くなりやすいのは、捕鯨政策が政治的・社会的な議論になっている国です。
たとえばオーストラリアやニュージーランドなどでは、日本の南極海における調査捕鯨が外交・環境問題として長く注目されたため、日本の捕鯨に関する認知度が比較的高い可能性があります。
一方、そのような政治的対立や直接的な関係が少ない国では、日本について知っていることがアニメ、漫画、自動車、サッカー、観光、食文化などに偏り、捕鯨についてほとんど聞いたことがない人がいても不自然ではありません。
IWCの議論は「日本対世界」ではない
捕鯨問題はしばしば「日本対反捕鯨国」という単純な構図で紹介されますが、実際のIWCはもっと複雑です。
2024年のIWC第69回会合でも、商業捕鯨に関する決議は全会一致ではなく投票となり、37票の賛成、12票の反対、8票の棄権という結果でした。このように各国の政策は一枚岩ではありません。
また現在のIWCは、商業捕鯨の問題だけでなく、混獲、海洋ごみ、船舶衝突、騒音、鯨類保全、持続可能なホエールウォッチングなども扱っています。加盟国の関心が必ずしも「捕るか、捕らないか」だけにあるわけではありません。
[参照] International Whaling Commission「IWC69 2024」
アフリカ諸国がIWCへ加盟する理由も捕鯨だけではない
アフリカの沿岸国には、大西洋やインド洋を回遊するクジラが見られる国があります。こうした国にとってクジラは捕獲対象だけではなく、海洋生態系の一部、研究対象、観光資源でもあります。
IWCも現在の活動について、捕鯨管理以外に鯨類の混獲・絡まり、海洋騒音、汚染、船舶衝突、ホエールウォッチングなど幅広い保全課題へ取り組んでいると説明しています。
そのためアフリカの国がIWCへ加盟している事実から、「その国は捕鯨を身近な産業としている」と推測することはできません。
外交上「持続的利用」を支持しても鯨肉を食べる文化があるとは限らない
国際交渉で「海洋生物資源の持続的利用」という考え方を支持することと、その国で実際に鯨肉を日常的に食べる文化があることも別です。
ある国が「科学的に持続可能なら海洋資源を利用する権利を認めるべきだ」という原則を支持することは、その国民がクジラを捕獲して食べていることを意味しません。
日本でも、捕鯨政策そのものと「普段から鯨肉を食べているか」は別問題です。政治的・法的な立場と個人の食生活や文化は切り分けて考える必要があります。
一人のアフリカ出身者の知識から大陸全体は判断できない
逆方向にも同じ注意が必要です。アフリカ出身の一人が日本の捕鯨を知らなかったからといって、「アフリカでは誰も知らない」と考えることもできません。
捕鯨に詳しいアフリカの研究者、漁業関係者、政府職員、環境NGO関係者もいますし、国際政治に関心があって日本のIWC脱退を知っている一般市民もいるでしょう。
つまり個人差が非常に大きいテーマです。「国籍によって当然知っているはず」と考えるより、その人がどのニュースや分野に関心を持ってきたかで知識が変わると考えたほうが自然です。
日本人でも日本の捕鯨事情を詳しく知らない人はいる
同じ現象は日本国内でも確認できます。日本人だからといって全員が「日本は2019年にIWCを脱退した」「現在の商業捕鯨は日本の領海・EEZ内に限定されている」「2024年からナガスクジラが対象種に加わった」と説明できるわけではありません。
捕鯨に関心がなければ、「昔は捕鯨をしていたらしい」「給食で鯨肉を食べたことがある」といった程度の知識の人もいます。
自国の政策ですらそうなので、遠く離れた外国の捕鯨政策を知らない人がいることは、さらに自然だといえます。
日本の現在の捕鯨を簡単に整理
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| IWCとの関係 | 2019年6月30日に国際捕鯨取締条約から脱退 |
| 商業捕鯨再開 | 2019年7月 |
| 主な操業海域 | 日本の領海・排他的経済水域 |
| 現在の大型鯨類対象種 | ミンククジラ、ニタリクジラ、イワシクジラ、ナガスクジラ |
| IWCとの現在の関係 | 非加盟国だがオブザーバー参加や科学面での協力を継続 |
日本はIWCを脱退した後も、IWCの科学委員会などへの情報提供や共同研究を続けています。そのため国際捕鯨問題に関心のある人にとっては、日本は現在も重要な当事国の一つです。
「有名な政策」と「有名な国民文化」は違う
国際社会で日本の捕鯨が議題になることと、世界の一般市民が「日本文化といえば捕鯨」と認識していることも別です。
国際機関の会議では長年議論されているテーマでも、一般の外国人が日本に対して最初に思い浮かべるのは、アニメ、寿司、富士山、東京、自動車、ゲームなどであることが多く、捕鯨に接する機会がない人もいます。
これは他国についても同じです。ある国が国際的には特定の鉱物や農産物の大産出国として重要でも、その事実を日本の一般市民が知らないことは珍しくありません。
「捕鯨賛成国が多い=住民も賛成」という推測もできない
仮にある国の政府がIWCで持続的利用寄りの立場を取っていたとしても、その国内で世論調査をすれば全員が同じ回答をするとは限りません。
環境問題では、政府、漁業関係者、都市住民、若者、研究者などで意見が分かれることがあります。捕鯨について考えたこと自体がない人も当然います。
したがって「捕鯨支持側として投票する政府がある」という事実から、「その国では捕鯨が有名」「国民も捕鯨を支持している」「日本の捕鯨も当然知られている」という3段階の推論をすることはできません。
アフリカと日本の捕鯨問題を見るときの整理方法
混同しやすいポイントを分けると、理解しやすくなります。
| 事実 | そこから言えること | そこからは言えないこと |
|---|---|---|
| トーゴなどがIWC加盟国 | 政府がIWCの国際協議へ参加している | 国民全員が捕鯨に詳しい |
| 一部アフリカ諸国が持続的利用寄りの投票をした例がある | 政府間交渉でその立場を取ったことがある | 国内世論全体が捕鯨賛成 |
| 日本が商業捕鯨を行っている | 日本は現在も捕鯨国 | 世界中の人がその事実を知っている |
| あるアフリカ出身者が捕鯨を知らない | その人は捕鯨について知らなかった | アフリカ全体で知られていない |
このように「政府」「国際機関」「一般市民」「個人」を分けて考えることが大切です。
まとめ:アフリカのIWC加盟国と一般市民の認知度は別の問題
日本の捕鯨はIWCを中心とする国際外交では長年知られたテーマであり、一部のアフリカ諸国が鯨類資源の持続的利用に比較的理解を示してきた例もあります。しかし、それを理由に「アフリカの一般市民なら日本の捕鯨を当然知っている」と考えることはできません。
トーゴを含め複数のアフリカ諸国がIWCへ加盟していますが、IWC加盟国であることは、その国自身が商業捕鯨を行っていることを意味しません。現在のIWCは捕鯨管理だけでなく、鯨類保全、混獲、船舶衝突、海洋騒音、ホエールウォッチングなど幅広い課題を扱っています。
また、ある政府がIWCの投票で日本と近い立場を取ったことがあっても、それは外交政策上の判断です。一般市民への認知度や国内世論とは別に考える必要があります。
そもそもアフリカは50を超える国からなる巨大な大陸で、海に面した国も内陸国もあり、ニュース環境や教育、文化、主要産業も大きく異なります。そのため「アフリカでは日本の捕鯨が有名か」という問いに大陸全体で共通する答えを出すことは困難です。
日本人でも現在の捕鯨制度を詳しく知らない人がいるように、アフリカで生まれ育った人が日本の捕鯨を知らなくても特に不自然ではありません。反対に、漁業・環境問題・国際政治に関心のある人なら詳しく知っている可能性もあります。
結論として、日本の捕鯨は国際捕鯨政策の世界では有名でも、アフリカの一般市民全体にとって必ずしも身近で有名な話題とは限りません。「IWCでの政府の立場」と「一般人が何を知っているか」を分けて考えることが、この疑問を理解する一番のポイントです。
[参照] International Whaling Commission「加盟国一覧」
[参照] International Whaling Commission「Whaling」

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